伊豆鏡・THE PICTURESQUE IZU・勝間田泰平

伊豆最古のガイドブックといわれる伊豆鏡・THE PICTURESQUE IZU　以前お譲りいただいたものですが、こちらも二度と入手できない気がしますので画像とともに紹介いたします。大正3年発行。日本語英語表記で伊豆の各地を紹介しています。大正期の伊豆を知ることのできる貴重な資料です。

余が半島に遊んだのは恰も瀬戸内海に遊んだ其すぐ後であつたが、若し瀬戸内海の風向が、本邦に於ける女性的風光を代表して居るとしたら、伊豆牛島はたしかに男性的風光を代表して居るものであると感じた。其時の余の旅行は西海岸より始めて漸く東海岸に出づると云ふ順序であつ たが、めぐりめぐりて白浜神社千古の森を背景として起った時の共痛快な る感じは今も何ほ忘るる事がないのである。衣を千仍の丘に揮ひ足を萬里の流に洗ふ、男子正に此懷なかるべからず、天高うして鳥の飛ぶに任かせ海潤うして魚の躍るに任かす、男子正に此量なかるべからず、當時余は覺えず聲高らか 此對句を口ずさんだのであるが、其時余は實に前後に例なき程、我と我身の神々しさを覺へたのである。不思議の因縁は其後余をして遂に此の白濱村村政顧問たらしめ、而して今日に及んで居るのである。 

村に勝間田泰平君なるものあり、日露戰爭に従軍して殊功あり、為に大金の下賜を受く、彼は此御國の爲に働いて受けたる大金を仇には決して費すまじ、何がな、最も有意なることに使つて見たいものと 、千思萬考の末、遂に心を決したのが、其郷國なる伊豆牛島を天下に紹介する爲の伊豆鏡の發行である。爾来年を閲みすること數年、艱難具に嘗めて、伊豆鏡はここに遺憾なく、 其美しき半島の其美しき風姿を描き出すことが出來たのである。

かくて君は此の伊豆鏡を天下に紹介するべく余に其序文をものせよと云ふ、君が此伊豆鏡を作るに如何に多 くの心血を濺がれしかを、最も深く知って居る自分は、單に其不文なるの故を以てして之を辭することは出來ない、辭するには言葉なく、草せんには文筆の拙なきを〇むの時偶々知人帝國ホテル支配人林愛作氏より來信あり。 

僕は不相變伊豆牛島を日本の公園たらしめばやと夢みて居る、其くせ未だ一度も半島の風光に接した事はない。之れをこそ所謂見ぬ戀に憧憬がるるものと言ふべきか、何れ其內半島旅行を試むべく樂んで居る。 

と、余は乃も同氏への紹介狀を認めて、之を勝間田君に渡した。蓋し伊豆鏡の紹介者として同氏程の適任者は之れなかるべしと信じたが爲めである。端なくも此千歳の知己を得て、伊豆鏡は遺憾なく天下に紹介せらるる事であらう。我はたゞ其由來をものして君の懇嘱に酬ゆと云爾。

法學士山下信義