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茶碗窯別銘款・黒田和哉他陶芸書お譲りいただきました。

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担当スタッフより

まえがき
本書は、拙著『近世の茶碗』と、日本陶磁協会の機関誌「陶説』に連載してきた「近世の茶碗」をもと にして上梓したものです。 日本のやきものは、桃山時代から江戸時代の初期にかけ、楽・志野・織部を中心にして、世界に誇るべ き名品を生み出してきました。それらの技法は現代の陶芸に伝えられていますが、はっきりした技法の伝 承はごくわずかです。しかし、日本のどこかで、わずかでもその技法を守り、永々として伝えた代々の陶 工・窯のあったことはたしかで、それが大きな基盤となり、今日における現代陶芸の隆盛を生み出してい るのだと言えます。

桃山期以来の陶工・窯の残された作品はまことに多く、しかも不明な部分が多々あり、研究が不足して おりますが、煩雑になるため、今回は「茶碗」に限ってとりあげました。調べていくうちに、所在地もわ からない名窯や、地元にも資料の残っていない陶工などもいて、大きな障害になりました。そうなると、 作品に刻まれた銘款が唯一の手がかりになります。

その貴重な資料として、一九○○年(明治三十三)刊のエドワード・S・モース著『日本陶器目録』と 一九三九年(昭和十四)刊の『日本古陶銘款集』があります。その後、地域的には銘款の資料が刊行され てはおりますが、全国的にまとまったものとしてはなにもありません。
明治二年の廃藩置県は、日本の窯業を大きく変えました。当時の試算では、約二○○○の窯が存在した と記録されております。前二点の資料だけでは、日本のやきものの全貌をとらえることはできません。

本書には、補足的ではありますが、約六○○の陶工と窯の銘款、資料を収録いたしました。 完璧を期す ために、この続巻も計画しておりますが、皆様のご指導、ご叱正をお願い申し上げます。


吉野功高(ソニー)

昔のものには不思議な力があると思います。そのものに触れ、自分な りにいじっているうちに、その昔の生活、文化を考えたりする自分がいる のです。自然と興味がわいて、色々とそのものの用途や来歴、その当時の ことなどを調べ、その時代に思いをはせ、ニンマリしている自分がいるの です。小さい頃より歴史が好きで、シュリーマンのトロイの発掘記、三国 志等たくさんの本を読んだものです。

 

上京してくるまでは、実際にそのような昔の遺物(焼きもの)が、自分で 購入できるとはまったく思っていませんでした。美術館で見るものだし、 実際に手に取って見ることなど出来ないものだと…。 「中国陶磁との出会いもそのような中で生まれましたし、その縁で、また、 同好の士と知り合い、今回の会にも加えて頂いて本当に不思議な縁を感 じています。

今回は、白い焼き物ということで、白色について考えて見たいと思い ます。

 

白色と言うのは一見地味な色に見えますが、非常に表情の豊かな色だ と、私は思います。自然界の中には、雪、雲のような白さもあり、人の肌 のような白もあり、障子の紙のような白もあり、どれ一つ同じ白さではな いのです。皆さんはご存知だと思いますが、すべての色は、赤色、緑色、 青色の組み合わせによって、再現できます。本当に不思議ですね。

白色も例外ではありません。ちょうど3つの色が重なった中心が白色と なるのです。私自身、現在電機メーカに勤務していることもあり、以前デ ジタルカメラに使用される液晶用のライトにLED(発光ダイオード)を用 いたものを開発したことがありますが、この光源に使用する白色ライト のLEDは、もともと青色のLEDに黄色の蛍光体を被せて白色を作っていま す。この白色LEDを光源に用いた液晶は、ほとんどの携帯電話、デジタル カメラに使用されています。このときに経験したのですが、実は、同じ白 色でも色々な白があるのです。色を表現するのに色温度や色度座標なる ものがあることは、お聞きになった方もいるかもしれませんが、色温度は 金属等を熱したときの色の変化を温度別に分類したもので、青から赤ま での温度の軌跡を表現するのですが、青が温度が高く、黄色から赤色にい くと温度が低くなります。通常、お日さまの色は少し黄色ですから、 6500Kくらいになります。白色を表現する場合、この金属を熱した色の変 化の軌跡である色温度を基準として、どの程度赤よりなのか、緑よりなの かを△uvと言う形で、色温度といっしょに表現することで認識します。目 の色も関係しているかもしれませんが、一般的に写真などの場合におい ては、日本人も含めアジアの人は青色系の白色(7500K)が好きなのに対し て、ヨーロッパの人は黄色系の白(6500K)が好まれる白色のようです。今 回の展覧会においても、白色の陶磁器もこのような目で見てみると結構 楽しめるのではないでしょうか? 特に、照らす照明によっても色温度が違 いますので、太陽光で見る場合と照明で見る場合の焼き物の色もまた、違 ったものになります。


「守破離」 およそ伝統的な土壌に立って芸術表現を志す者は、この言葉をまるで金字塔のようにとらえ実践しようと してきた。「守」もて習い、「破」もて新たに生ぜしめ、「離」に至って「守・破」を越え創造の道を究める。しかも 至ってなお、「本」を忘れてはならないとその言葉は戒めている。 小気味よい音感を伴いながら一定の方向へ推移する図式と意味性は多くの人の心を捉え魅了する。習得への 手立て、芸道の奥義と其処に到る道筋を示すに、これほど明快な合理性を伴う言葉は他にない。だから我々 を直ちに納得させる力、絶対的な信頼をかち得ている。 しかし一方、この言葉は芸道の歴史の中で、常に「本」への回帰をせまり、むしろ「破」「離」の徹底を阻んできた のではないだろうか。こうして芸の成就に道筋を示し、同時にそれを縛り付けてきたのではないだろうか。 「守破離」はいまや表現世界の中で1つの呪縛の罠と化している。

ならば問いたださねばならぬ。 「本」とは何か「離」とは何か。

私は「守破離」の示すあまりにも明快な合理性と図式性に、思わずたじろぐ。そして次に、この言葉のなに やら教訓めいた肌合いに直感的な距離感、いや嫌悪さえ感じてしまう。 利休は本当にこのような言葉を口にしたのであろうか。 「守りつくして破るとも離るるとても本をわするな」 「守り」そして「観る」。

それは何も伝統芸道の世界ばかりとは限らぬ。守りたくあり同時に破りたくもある、それは人の心の常、人の 心の移ろいそのものではなかろうか。創造も所詮は心の移ろいである。累々と過去から積み重なった時間の蓄 積、認識の構造の中に己を見いだし、同時にまだ見ぬ方向に己を投棄する。心の中に興る二項の対立、「守」と 「破」、「保守」と「革新」、葛藤はあらゆる所、あらゆる時、あらゆる諸相において常に生じている。それは結果と して煩悩の起因する出所でもあるが、だからこそ、囚われ賭るその二項の葛藤を超えうる「離」が求められる。 「龍」は「守」・「破」両項を含んで尚かつそれを超越して行こうとする境地である。 私はこのように「守破離」という言葉について思考を巡らすが、ここで、はたと立ち止まってしまう。そして思わ ず、またしても自分が「守破離」の明快な論理の手管に引き寄せられているのを感じる。私の中になにかしら 後味の悪い不快さが貼り付くように残る。

私は「熊」を超越自由の(境地)と書きかけて、事(境地)を(意志)と書き換えてみた。やはり境地ではなく 意志なのだと私は強く思っている。 わかりやすいように「守」を「伝統」と置き換えてみよう。「破」は差詰め「伝統からの脱却」と言うことに なろうか。それらは強烈に自己立脚の「意志」だからこそ、「守」と「破」の相克は私の中で熾烈を極め、しば レポートピア盾を生じ、時に混沌へと順し、無心し立ちつくす。 私は3年前、襲名時初めての個展の図録に誌した言葉を思い出す。 「伝統的であることが重要なのでもなく、現代的であることが重要なのでもありません。自分という祠のなか にそうと垂線をおろしてゆくこと…」 能性は私の中でその時すでに定まっていた。

 

私は世に言う「伝統」にも「現代」にも手するつもりはない。それらの決めつけを強い意志で拒否したい。 「守」はまさに私自身を形作っている膨大な過去からの時間と認識の総体、歴史の集積ともいえる。それを認め から同時にそれに抗している自分がいる。規定され、規定する私とそれを超えようと逸脱する私。繰り返される場感と自己矛盾。

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