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美濃刀大鑑・肥前刀大鑑等9箱買取させていただきました。

美濃刀大鑑・肥前刀大鑑等9箱買取させていただきました。

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埼玉県 さいたま市緑区
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担当スタッフより

さいたま市緑区にて日本刀の本等9箱買取させていただきました。他にも多数あるのですが、紹介しきれませんので今回は日本刀の本を紹介させていただきます。美濃刀大鑑と肥前刀大鑑です。

さいたま市緑区にて古書買取

肥前刀大鑑・美濃刀大鑑

刀剣研究連合会も発足以来ようやく四年を経過することになりました。
本会が年中行事の一つとして毎年行っているものに、年一回全会員が一堂に会して行う勉強会がありますが、今年度の第 四回勉強会は、一月廿五日の役員総会に於て、岐阜県の関、恵那、付知の三刀剣会の主催で十一月十五、十六日の二日間に 「耳って岐阜グランドホテルで開催することが決定され、対象も開催地に因んで美濃刀だけにしぼることになりました。

また美濃大会を記念して「美濃刀大鑑」を発刊することもあわせて決定されたので、従来とかく等閑視されていた美濃刀が見直されるきっかけにでもなれば大いに結構なこと、喜んで賛同し、急遽編纂委員の諸先生方に御協力をお願いするとと もに、製作の一切を大塚巧藝社に委託することにして、早速二月から美濃刀工について資料蒐集にとりかったのですが、何分にも美濃刀については未知の分野が多く、その全貌を明らかにすることは容易なことではなく、本冊子に於てもようやくにして美濃刀の片鱗についての捕捉をなし得たにすぎず、従って誤謬も多々あること、おもいます。

しかし限られた短い期間内に於て刊行を見ることが出来ましたのは、偏に編纂委員の諸先生方の御尽力と、製作を引き受 けられた大塚巧藝社の御協力に負うものであります。

また美濃刀大鑑の編集にあたって、刀剣研究連合会々員の皆様は勿論、多くの方々からの御協力、激励をいたドいたこと は忘れられない喜びでありました。
刊行を祝って扉題字を揮毫いたいた熊谷守一、いろいろと御配慮を下さった日本美術刀剣保存協会、撮影ならびに拓 写をこころよくお許し下さった所蔵者の方々、貴重な押形を貸与いたいた辻本直男、藤代松雄、池田末松、柴田光男、飯村嘉章、飯田一雄、吉田秀雄の諸氏、美濃の鍛刀地の写真撮影を担当した小石光利氏、美濃の現代刀工を足で調査された中 田委員、その他文献、資料の所在調査に御協力をいた、いた多くの方々に対し深甚の謝意を捧げます。

なおお断りしなければならないのは、本大鑑の編纂に際し、撮影、拓写をさせて戴いた美濃刀のうちの三割強のものにつ いては、編集の過程に於て、当初予定した四百頁が大幅に増えたために止むを得ず割愛せざるを得ませんでした。御協力を いた、いた所蔵者の方々にお詫び申し上げるとともに御協力に対し感謝の意を表します。
昭和五十年孟冬吉日
編纂委員得能一男一

日本美を代表する文化財の一としての刀剣が、古くは武人の魂として尊重され、戦後このかた世界的にも比類のない鉄の 文化の粋として、再評価されつつあるとき、中世以来、美濃が、相模・大和・山城・備前の主要刀剣産地とともに、天下の五箇伝として知られ、特に、美濃国における関鍛冶職が、中世の後半に当る室町・桃山期に至って、新しい文化の担い手と して次第に実力を蓄え、自分たちの生活の中から創造し発展させた、のびのびとした勤労性が、関鍛冶職の総氏神であった春日神社の能装束や能面の数々から窺い知ることができます。

しかし、いつの世においても、人々の活動はその時々の生活基盤や生活環境との相関の上で具現されてゆくものですが、美 濃刀工の過去の歴史を通しての生活課題を求める上において、専門的分野から、このたび得能一男先生の執筆によって、「美濃刀大鑑」が刊行されるに当たり、その課題に向かって幾多の労を傾けられ、その全貌の一端を本書に問われることは、今日まで刀剣産地として将又各種刃物の産地としての伝統を保持する本市にとって、まことに感謝にたえない次第であります。

高度化・多様化した現代、価値感ないし意識の多様化した中で、社会の発展や人間性においても、刀のように鍛えに鍛えられ、洗練され、磨かれることによって、他の金属には及ばない神秘的な光沢を放つものでございます。 よく切れる刀を作るには硬い鋼でなくてはならず、硬い鋼ではよく折れる。折れないためには軟らかい鋼が必要で、軟らかい」ではよく出る。このような相反する要求を充分満たし、調和の美を発揮している刀剣は、現代社会の指標でもあり、日本人もここにあると思います。その美を探り求められる大方のみなさんに、本書を座右にしていただくことができました 。いたし、喜びでございます。

美濃刀大鑑・得能一男・熊谷守一題字

わが協会は昭和二十九年以来すでに国広大鑑、馬徹大鑑、康継大鑑を刊行し、此等の書はいずれも権威あるものとして 世評高くひろく斯界を袢益している。 なかんずく康継大鑑は寒山先生の学位論文であるから申すまでもなく、以前の国広 並びに馬徹大鑑も寒山先生が中心となって編輯されたものである。

この康継大鑑刊行後まもなくいまはなき肥前出身の愛刀家で協会の評議員であられた井手德一氏から肥前刀大鑑刊行の熱心なる要望があってまず私が内諾し寒山博士が主役、 広井雄一君が助手として資料の蒐集に着手して可能の見通しを検討し、昭和四十一年にはいよいよこの大鑑を協会の事業 として編輯し刊行することを決定して刀剣美術誌上に公式に発表し会員諸君に協力を需めたのであった。

ところが申すまでもなく肥前刀の現存する数は魔大であるので、この中から取捨選択して資料の完璧を期するには容易ならぬものがあり、荏背数年を経過した。ここに於て輿論を聴取し、一応肥前刀研究のたたき台となるものとして早く一本を纏めて刊行することとし、その役目を深江泰正君に担当させた。協会には鑑識のよい職員が少くないがその中からあえて彼を選んだのは、彼は肥前佐賀の出身であり自然肥前刀の研究に特に熱心であるに外ならぬが、上記のごとく発端が 井手徳一氏であり井手氏の霊も深江君に期待するであろう。

当初の計画としては肥前刀全般に互っての研究を纏め同じく図版を収録する心算であったが、上記の目的のために此度 はまず忠吉の嫡流を初代から九代までとそれに土佐守忠吉までを加えたものを一本としやがて傍肥前を纏めて一本として刊行することを諒解されたい。

また此書に掲載のものには 比較的に同作中の上出来のものであることはもちろんであるが研究上大切な資料となる銘文、作風を表しているものはあえて上作に限っていないことを承知されたい。 終りに此書の編輯が出来るまで会員その他の方々からも実物、押形、文献的史料に亘って多くのご協力をいただいたこ とを深く感謝し、協会の旗印である「和」にふさわしい事業であったことを欣快とし、まず一本を井手徳一氏並びに寒山 先生の霊前に捧げる。
昭和五十四年四月一日
財団法人日本美術刀剣保存協会 会長 本間順治

美濃刀大鑑・得能一男・熊谷守一題字
得能一男/熊谷守一題字

刀剣研究連合会も発足以来ようやく四年を経過することになりました。
本会が年中行事の一つとして毎年行っているものに、年一回全会員が一堂に会して行う勉強会がありますが、今年度の第 四回勉強会は、一月廿五日の役員総会に於て、岐阜県の関、恵那、付知の三刀剣会の主催で十一月十五、十六日の二日間に 「耳って岐阜グランドホテルで開催することが決定され、対象も開催地に因んで美濃刀だけにしぼることになりました。

また美濃大会を記念して「美濃刀大鑑」を発刊することもあわせて決定されたので、従来とかく等閑視されていた美濃刀が見直されるきっかけにでもなれば大いに結構なこと、喜んで賛同し、急遽編纂委員の諸先生方に御協力をお願いするとと もに、製作の一切を大塚巧藝社に委託することにして、早速二月から美濃刀工について資料蒐集にとりかったのですが、何分にも美濃刀については未知の分野が多く、その全貌を明らかにすることは容易なことではなく、本冊子に於てもようやくにして美濃刀の片鱗についての捕捉をなし得たにすぎず、従って誤謬も多々あること、おもいます。

しかし限られた短い期間内に於て刊行を見ることが出来ましたのは、偏に編纂委員の諸先生方の御尽力と、製作を引き受 けられた大塚巧藝社の御協力に負うものであります。

また美濃刀大鑑の編集にあたって、刀剣研究連合会々員の皆様は勿論、多くの方々からの御協力、激励をいたドいたこと は忘れられない喜びでありました。
刊行を祝って扉題字を揮毫いたいた熊谷守一、いろいろと御配慮を下さった日本美術刀剣保存協会、撮影ならびに拓 写をこころよくお許し下さった所蔵者の方々、貴重な押形を貸与いたいた辻本直男、藤代松雄、池田末松、柴田光男、飯村嘉章、飯田一雄、吉田秀雄の諸氏、美濃の鍛刀地の写真撮影を担当した小石光利氏、美濃の現代刀工を足で調査された中 田委員、その他文献、資料の所在調査に御協力をいた、いた多くの方々に対し深甚の謝意を捧げます。

なおお断りしなければならないのは、本大鑑の編纂に際し、撮影、拓写をさせて戴いた美濃刀のうちの三割強のものにつ いては、編集の過程に於て、当初予定した四百頁が大幅に増えたために止むを得ず割愛せざるを得ませんでした。御協力を いた、いた所蔵者の方々にお詫び申し上げるとともに御協力に対し感謝の意を表します。
昭和五十年孟冬吉日
編纂委員得能一男一

日本美を代表する文化財の一としての刀剣が、古くは武人の魂として尊重され、戦後このかた世界的にも比類のない鉄の 文化の粋として、再評価されつつあるとき、中世以来、美濃が、相模・大和・山城・備前の主要刀剣産地とともに、天下の五箇伝として知られ、特に、美濃国における関鍛冶職が、中世の後半に当る室町・桃山期に至って、新しい文化の担い手と して次第に実力を蓄え、自分たちの生活の中から創造し発展させた、のびのびとした勤労性が、関鍛冶職の総氏神であった春日神社の能装束や能面の数々から窺い知ることができます。

しかし、いつの世においても、人々の活動はその時々の生活基盤や生活環境との相関の上で具現されてゆくものですが、美 濃刀工の過去の歴史を通しての生活課題を求める上において、専門的分野から、このたび得能一男先生の執筆によって、「美濃刀大鑑」が刊行されるに当たり、その課題に向かって幾多の労を傾けられ、その全貌の一端を本書に問われることは、今日まで刀剣産地として将又各種刃物の産地としての伝統を保持する本市にとって、まことに感謝にたえない次第であります。

高度化・多様化した現代、価値感ないし意識の多様化した中で、社会の発展や人間性においても、刀のように鍛えに鍛えられ、洗練され、磨かれることによって、他の金属には及ばない神秘的な光沢を放つものでございます。 よく切れる刀を作るには硬い鋼でなくてはならず、硬い鋼ではよく折れる。折れないためには軟らかい鋼が必要で、軟らかい」ではよく出る。このような相反する要求を充分満たし、調和の美を発揮している刀剣は、現代社会の指標でもあり、日本人もここにあると思います。その美を探り求められる大方のみなさんに、本書を座右にしていただくことができました い、いたし、喜びでございます。

上記2点と異なりこちらは図録です。源清麿展・清磨の書籍自体が少ないですが、図録はもっと珍しいかもしれません。

江戸時代末期に抜きん出た才能を持ち、その才能を見事に開花させた刀工、源 清麿(一八一三 – 五五)の 生誕200年を記念した特別展を開催いたします。

清麿は信州小諸藩赤岩村の郷士の次男として生まれ、隣村の名主・長岡家の婿養子となりましたが、刀 への情熱を断ちがたく、鍛刀の道へと邁進しました。十八歳の処女作には、早くもその非凡な才を予感さ せる力強さが見て取れます。

時は幕末、開国の波が押し寄せる中、清麿は国学の復古主義に呼応した、実戦に堪える刀を造り出しま した。その切れ味とともに、凛として澄んだ地鉄に躍動感のある刃文は大きな魅力の一つであり、清麿は 現在、新々刀の中で最も高い人気を誇る刀工となっています。

本展では、十八歳の処女作から四十二歳で自ら命を絶つまでの二十四年の間に作られた名刀を一堂に 会し、清麿の作刀人生を振り返ります。

今回の展覧会を実施するにあたり、清麿が萩へ出向いた要因に関する新資料の発見や、刀の地鉄を高 解像度で撮影することで得られた新知見がありました。その成果も踏まえ、天才刀工清麿像を改めて皆 様にご覧頂けましたら幸いです。

本展の開催にあたり、格別のご協力、ご出品を頂きました諸機関並びにご所蔵者、ご尽力賜りました関 係各位に深甚なる感謝の意を表します。又、生誕200年記念清麿展実行委員会の皆様には多々お力添 え頂き、こころより深謝申し上げます。

源清麿展
十八歳の処女作から四十二歳で自ら命を絶つまでの二十四年の間に作られた名刀を一堂に 会し、清麿の作刀人生を振り返ります


 

 

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