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埼玉県越谷市より敬台院殿の生涯と信仰・敬台院殿妙法日詔大姉の第350回遠忌等各種図録買取させていただきました。

埼玉県越谷市より敬台院殿の生涯と信仰・敬台院殿妙法日詔大姉の第350回遠忌等各種図録買取させていただきました。

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担当スタッフより

埼玉県越谷市より敬台院殿の生涯と信仰・敬台院殿妙法日詔大姉の第350回遠忌等各種図録買取させていただきました。

こちらは日蓮正宗の図録になります。図録の中でも宗教系のものは比較的珍しく、美術系・工芸系のそれと比べて発行部数が少ないのが一般的です。敬台院殿の生涯と信仰/敬台院殿妙法日詔大姉の第350回遠忌

敬台院殿の生涯と信仰・敬台院殿妙法日詔大姉・第350回遠忌記念展
本書を通して敬台院殿の信仰の足跡と外護の精神・法統相続の大切さを学ぶ

このたび、敬台院殿妙法日詔大姉の第三百五十回遠忌を記念し、敬台院殿が総本山を外護し、宗門の発展に寄与したその功績を讃え、「敬台院殿の生涯と信仰」と題して記念展を開催することとなりました。本書はこの記念展の図録として作成したものです。

本書をとおして、敬台院殿の信仰の足跡と外護の精神、法統相続の大切さを学んでいただければ幸いです。
最後に、この記念展の開催に当たり、貴重な資料を提供していただいた関係各位に対し、
衷心より厚く御礼申し上げます。
平成二十七年五月
総本山大石寺


敬台院殿について

敬台院殿は、阿波徳島初代藩主蜂須賀至鎮の夫人で、徳川家康、織田信長の曾孫に当たる。九歳の時に家康の 養女として蜂須賀家に嫁いだが、元和六(一六二〇)年、二十九歳の時、夫君と死別した。その間、総本山第十七世日精上人に帰依し、大石寺の信仰を深めた。

敬台院殿は元和九(一六二三)年頃、江戸法紹寺を建立し、日精上人を初代住職として迎えた。日精上人が 登座された寛永九(一六三二)年、大石寺御影堂再建に当たり、多額の浄財を寄進している。

その後、敬台院殿の尽力により、寛永十八(一六四一)年、大石寺は幕府から朱印状 (寺領安堵 ) を得ることができた。

翌十九(一六四二)年、敬台院殿は、僧侶の学問所である細草檀林の創設に際し、多大な支援を行っている。

また、正保二(一六四五)年には、江戸の法照寺を徳島城下に移し、敬台寺として開創し、自らの菩提寺とした。 そののち、臨済宗正岡寺を改宗させて正法寺とし、さらに徳島領内に本玄寺を建立した。

敬台院殿は、寛文六(一六六六)年正月四日寅の刻(午前四時頃)、徳島城西の丸において、七十五歳の尊い生涯を閉じた。法号を敬台院殿妙法日詔大姉と賜っている。 

敬台院殿の篤き信仰は、子孫への法統相続によって鳥取池田家、薩摩島津家等の大名家におよび、また阿波法 華講衆をはじめ各地の法華講衆に受け継がれていった。 そして、その外護の赤誠は、信仰の鑑として現代まで語り継がれている。


聖地寧波・日本仏教1300年の源流

聖地寧波・日本仏教1300年の源流
仏教の聖地としての側面に光を当て海を越えてもたらされた仏教美術の名品を一堂に会しその魅力に迫る

中国を代表する港湾都市、寧波(ニンポー)。唐代に明州、南宋の時代には慶元府とも呼ばれたこの町は、 遣唐使や日宋貿易・日明貿易の船の発着地となるなど、古くから日本と中国を結ぶ海上交通の一大拠点と して発展を遂げてきました。

何よりこの町が、長らく日本人を魅了し続けてきたのは、中国有数の歴史を誇る仏教文化に他なりませ ん。仏舎利信仰の中心地である阿育王寺や、観音信仰の聖地・普陀山、禅宗五山に数えられる天童寺など、町の一帯には日本ともゆかりの深い仏教寺院が数多く点在しています。歴史上数多くの日本僧が海を越えてこれらの聖蹟を訪れ、そこで得た最新の仏教知識をもとに、日本仏教発展の礎を築いてきたのです。

このたび私どもは、このような寧波がもつ中国仏教の聖地としての側面に光を当て、彼の地から海を越 えてわが国にもたらされた仏教美術の魅力を紹介すべく、特別展「聖地寧波|日本仏教1300年の源流 ~すべてはここからやって来た~」を開催することにいたしました。本展は、阿育王寺の仏舎利信仰に関 わる金工品や、普陀山観音の姿を伝える仏像、寧波で製作された仏画や経典などの名品が一堂に会するま たとない機会です。寧波の仏教文化が育んだ美の世界を、心ゆくまでご堪能いただければ幸いです。

最後になりましたが、本展の開催にあたり、ご協力をたまわりました関係各位に厚く御礼申し上げます。

平成二十一年七月一
主催者


明治天皇を支えた二人・三条実美と岩倉具視・一代絵巻が物語る幕末維新

明治天皇を支えた二人・三条実美と岩倉具視・一代絵巻が物語る幕末維新
幕末維新に両者が果たした役割について考え田中有美の魅力を紹介

本展覧会では、三条実美(一八三七~九一、以下三条と称す)と岩倉具視(一八二五~ 八三、以下岩倉と称す)という、明治維新の立役者であり新政府の主導者となった二 人の生涯を描いた一代絵巻を初公開する。これらは岩倉の没後、明治天皇の勅命 により開始された、両者の事蹟編纂事業の中で生まれたものである。

絵巻の揮毫を拝命したのは、大和絵師の田中有美(一八三七~一九三三)。幕末の 京都において冷泉為恭の跡を継いで作画活動を行い、明治十七年(一八八四)に三 条の招聘により東京へ移住して後は、この絵巻をはじめ皇室関連の作画御用を多 くこなした画家である。有美は、昭和の初めに没するまで活動を続けたが、各美術団体の展覧会や官設系の展覧会などへの参加は数える程度であり、美術史的な 位置付けはほとんど行われていない。今回紹介する絵巻群は、この知られざる画 家・田中有美の画風とその活動の一端を知ることのできる貴重な作品でもある。 そして、まさに幕末維新で大きく移り変わっていく京都に身を置いていた有美が、 岩倉と三条を主人公としながらこの激動の時代を、歴史的な重要場面も含めて絵 画化したという点でも非常に興味深いものがある。有美が最初に手がけた「岩合 公画伝草稿絵巻」(作品番号1)が全二十一巻、続いて制作した「三条実美公事蹟公 巻」(作品番号2)が全二十四巻。これら各絵巻の詳しい制作の経緯や、田中有美いう画家の特異性と重要性、そして装飾を含めた絵巻の魅力など、この絵巻を して語るべきことは多々あるが、それらについては各作品解説や巻中巻末二つ コラムを参照していただきたい。ここでは、質・量ともに近代日本美術史上比 のないこれらの一代絵巻が生まれた背景に迫ることとする。


1 山石倉公画怎草稿給卷 田中有美二十一卷
絹本着色 明治二十三年(一八九〇)頃 縦四三・八~四八・O 長一二七・七~二一八二九

岩倉具視(一八二五~八三)の生涯を全二十一巻にまとめた絵巻である。作者 の田中有美は、この岩倉の一代絵巻に取りかかった後、三条実美、さらにその 父実万の事蹟絵巻を続けて手がけることとなる。宮内省のもとでの有美の絵 巻制作の最初の作例としても、非常に重要な意味を持つものである。

しかし作品名に「草稿」とある通り、本作品は絵巻として完成したものでは ない。各巻の法量や装丁が統一されておらず、また詞書も付いていない。表紙 や見返し等には何ら装飾性がなく、仮表装の体裁をとっている。ただし絵の部分に関して言えば、細部まで描き込まれた上に濃彩で着色が施され、決して下 絵などではなく本画として完成していることは間違いない。

制作の経緯については不透明な点も多いが、『明治天皇紀 第六』によると、 明治十六年(一八八三) 七月に岩倉具視が没して間もなく、「贈太政大臣岩倉具 視の勲功を追思し、勅撰の碑文を賜ひ、其の功績を旌表せしめたまふ、即ち是 の日宮内少輔香川敬三をして具視の行状を取調べ、編修副長官重野安繹に命 じて碑文を撰ばしめたまふ、尋いで又元老院権少書記官城多董・太政官御用掛山本復一に行状取調を命ぜらる」(明治十六年八月七日条) とあり、明治天皇の 御意向で岩倉の事蹟取り調べが始められたことがわかる。

この調査は、次第に 本格的な年譜の編纂へと発展し、明治二十、二十一年頃には『岩倉公実紀』の刊行に向けた動きが始まった。そうした流れの中で、この編纂事業から派生す。 形で、岩倉の事蹟を題材にした絵巻の制作が計画され、田中有美が御下命を けその任にあたることになったと考えられる。


 

本展では、田中有美という幕末から明治期に活躍 した知られざる絵師の興味深い存在を紹介出来るこ とにも大きな意義があると考えている。近世から近 代への過渡期、新旧さまざまな画風の影響を受けて 積極的に摂取して創り上げた独創的な画風に、時代 性とその面白さが示された有美の作品を通して、改 めて、こうした絵師の存在が近代絵画への展開へと つながっていくことを知り得た。その詳細については始頁からの論考に譲るとして、ここでは三条父子 の事蹟絵巻の一つの注目点として、絵巻の装飾につい て取り上げて紹介しておきたい。

田中有美の最初の大きな絵巻制作となった「岩倉 公画伝草稿絵巻」(以下、岩倉絵巻〉。作品番号1)は、岩 倉具視の事蹟を横長で、右から左へ展開する絵巻特 有の画面内にどのように描き入れていくか、構図と 表現方法にその思いが集中し、画面を創り上げるこ とだけに精力を費やしている。そして詞書がなかな かまとまらなかった事もあり、結局は最後の仕上げ

までには至らず、絵巻として完成した姿を呈しては いない。しかし、次に取り掛かることとなった「三条 実美公事蹟絵巻」(以下、〈実美絵巻〉。作品番号2) では、 〈岩倉絵巻〉の制作で得た多くの経験が生きたのであ ろう。場面展開には周辺描写や場面の情趣表現が増 して、個人の事蹟を単に描き連ねるのではなく、物語 性も加味する余裕が感じられる。そして、絵巻とし

て仕上げるために全体意匠も十分に考慮され、その 装飾性にも十二分の配慮がなされているのである。


 

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