アイヌ関係アーカイブ

アイヌ関係の図録アーカイブ 時々入荷してくるアイヌ関係の図録を紹介させていただきます。比較的出版年度が新しいものであっても部数が少なく手に入れにくいものもあります。

ポロチセの建築儀礼・伝承事業報告書

ポロチセの建築儀礼・伝承事業報告書
アイヌ文化の中でも最も伝承が難しい分野・のべ20日間を費やし20回以上にわたった儀礼の記録の一部

 

はじめに
アイヌ民族博物館は設立以来, アイヌ文化の伝承保存を事業の柱のひとつとし て,古式舞踊,伝統工芸,建築技術,儀礼などの伝承に取り組んできました。来 館する方々が目にする伝統家屋チセや付属施設、祭壇,丸木舟やござなどはすべ て当館の職員が製作したものですし,当館が伝承する古式舞踊は国の重要無形民 俗文化財に指定され,国内はもとより海外でも公演を重ねています。公演や儀礼 に着用する伝統衣装もまた,すべて職員の手によるものです。

1996年12月20日,私たちが培ったそれらの伝承事業の拠点であり,最大の成 果でもあったポロチセが,火災によって瞬く間に灰燼に帰してしまいました。隣 接する2号チセや付属施設も被害を受け,ポロチセ内にあった数々の文化財も同 時に失いました。

しかし,物は失っても祖先から伝承してきた製作技術や精神文化まで失ったわ けではありません。私たちは一日も休館することなく、火災の翌日から作業に取 りかかりました。日常業務のかたわら数千束の茅を刈り,建材を伐り,まずは2 号チセをわずか1ヶ月で修復し,ポロチセを2ヵ月で再建しました。チセ建築ば かりではありません。その間チセの内装となる大量のござやすだれを編み,炉を 設え,木幣を削り,神酒や供物を作って神々を祭りました。ポロチセの火災は大 惨事でしたが,その後の数ヵ月は、まさに当館伝承事業の蓄積が試された毎日で したし,より強固なものに鍛えた期間でした。

本書で紹介するのはそれらのうち,のべ20日間を費やし,20回以上にわたっ た儀礼の記録の一部です。

儀礼はアイヌ文化のなかでも最も伝承がむずかしい分野のひとつです。アイヌ の神々や作法についての深い理解はもちろんのこと、祈り詞はアイヌ語で語られ ますし,様々な物づくりの技術も必要です。大きな儀礼ともなればそれに加え, 歌や踊り、語り物と,まさに民族文化祭ともいうべき総合性をもちます。

私たちはこの分野でも多くの経験を蓄積してきました。当財団では設立からの 23年間に8回のイオマンテ(クマの霊送りの儀礼)を実施し,1989年,1990年 に実施したイオマンテは『イヨマンテー熊の霊送り一報告書」と題してそれぞれ 報告書を刊行しました。しかしそこで指導を受けた古老たちもすでになく,再び 教えを請うことはできません。ことにアイスの建築儀礼となると,チセ建築自体 が滅多に行われなくなっていますから、その記録も指導者もごく限られています。

私たちはこの貴重な機会に,葛野辰次郎エカシと藤村久和氏というこの分野で 現在考え得る最高の権威お二人から指導を受けることができました。私たちの儀 礼伝承はまだ道なかばであり,この報告書もまたその一頁に過ぎませんが,両氏 の指導を末永く記録にとどめ、より多くの皆さんの伝承活動や研究, アイヌ文化 の理解の一助になればと考えました。
最後になりましたが,チセ建設では各方面から多大なるご支援・ご協力を賜り ました。また儀礼の実施ならびに本書の刊行に際しては藤村久和氏,葛野辰次郎 エカシから多くのご指導,ご教示を賜りました。記して感謝申し上げます。