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埼玉県久喜市より商船三井船隊史・1884-2009等各種図録を宅配買取させていただきました。

商船三井船隊史・1884-2009

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埼玉県久喜市より商船三井船隊史・1884-2009等各種図録を宅配買取させていただきました。

商船三井船隊史・1884-2009
本書には、商船三井の創業以来の保有運航船があまねく網羅されています。これらは、商船三井を支え、世界最大規模の海運企業へと成長させた資産であり、当社の今後に繋がる船であります。

まえがき
世界最古の歴史を有するP & O社から始まり、 海運界の栄枯盛衰は世界で絶えぬが、21世紀の今日 まで総合的機能を有するパブリック・カンパニーと しての海運業で100年を超える伝統を保ち続けてい るのは(株)商船三井と日本郵船(株)しかない。 このことはまことに驚くべき事績といっても差支え ない。

商船三井はその生成の淵源を1884年(明治17年) 創業の大阪商船と1942年(昭和17年)創立の三井船 舶に求められる。前者は日本郵船と東洋汽船ととも に日本を代表するコモン・キャリアーとして、明治 維新後の日本政府に求められた国籍船社National carrierとなり、日本自身の運命と浮沈を共にして きた。三井船舶は、1878年(明治11年)、三池炭の 輸出から始まり、自社船による取扱い貨物の不定期 輸送を世界的に拡大するとともに、1920年(大正9 年)から定期航路を開始した三井物産から1942年 (昭和17年)にスピンアウトし、定期、不定期船を運航していた。

1941~1945年の大戦争では太平洋の戦場への軍事 輸送に所有船を供出した。このようにして報国した 結果、膨大な船腹と多数の乗組員が水底に消えた。

敗戦後に裸一貫から出発した両社はさまざな苦難を経て再興したのち、1964年(昭和39年)に合併 して大阪商船三井船舶(株) ⇒のちの(株)商船三井となった。その後の1999年(平成11年) スライン(株)との合併により体質をさらに強化して現在に至っている。いまや(株)商船三井は日本の貿易に不可欠な役目を果たし、加工貿易立国 を運命づけられた日本の貿易伸長とエネルギー資源輸入面での不可欠な手段としての役割を果たしている。

本書は会社草創期から現在にいたるまで、その保有になるすべての船舶1,300余隻を紹介するものである。創業から今日までの125年間、それらの船を計画し、営業活動し、乗組んできた人びと(とくに先の戦争では丸腰で戦場に赴いて任務を果たし、国に尊い命を捧げた5千数百名もの)、そして人びと の指令のままに国内水域や七つの海を蹴立てた船ぶねに対するオマージュの気持ちから編んだものである。2009年4月1日


あとがき
会社の生成から今日までの足どりは社史の形で刊 行、遺されている。海運会社もその例外でないが、 最大の交通機関である商船が唯一の営業手段である ことに他の業種と異なる特性がある。商船は産業の 動脈としての役割を果たしており、嘗ては異大陸間に住む人びとの交通手段でもあった。

2009年4月に創立125周年を迎える(株)商船三 井は長い歴史と規模において現在は世界に冠たる存 在になっている。当社は明治17年創業の大阪商船 (株)と三井物産(株)を母体として昭和17年に産 まれた三井船舶、および平成11年に合流したナビッ クス・ラインが主要な構成要素となり現在に至って いる。その礎となっているのは文久3年、香港で産 まれた木造船・光運丸や明治11年、英国で建造され た鉄船・朝日丸を嚆矢とする数多の船舶である。

これらの商船による経営を発想し、海運実務に従 事した陸員と運航に携わった海員(その中には戦火 などで殉職した海員もある)が永い会社の歴史を創 ってきた。それら無数の人びとの努力を具象化した ものが社船と考えるとき、その船ぶねを時系列で網 羅的に紹介したものを遺しておくことには十分な意 義があると考えた。海外を見渡すと “A Fleet History”というタイトルで海運会社船隊の移りか わりに視点をおいた本が数多く編まれている。それ ら海外の類書に匹敵し得るものを編もうと決心して 取りかかったのが2007年のことである。

それから足かけ3年、大袈裟な表現を許して頂け れば「寸暇を惜しんで」取り組んできた。基本的に は船への愛着があったから苦しい毎日を乗り切るこ とができた訳であるが、そのあいだには幾度も、 「われわれの生きた証しを残してくれ」と言う船や乗組員からの声なき声を聞いた謝辞に記したように関係各位には多大なご協力のほかに、執筆のため少ない日常会話を余儀なくされた毎日、時に応じ膨大な原稿の数度にわたる校正に手を入れてくれた妻朝世の協力なくしては実現できなかった本である。

わが国に数少ない類書のひとつとして、海外の類書に負けない内容にしたい、そして、これが著者の本音でもあるが、極東の島国にはこれほど永くて多彩な歴史を有する商船会社があった、ということを欧米の人びとに知って買いたいという気概で英文説明も付けた。ナイジェル・タントラム氏には著者の英文にクィーンズ・イングリッシュ風の タッチを加えて頂いた。 

読者各位のご了解を得たいことがある。本書は社船の便映像を極力紹介すべく編んだものであるが、1960年代から現時点までに建造された社船は膨大な 1960年代から現時点までに建造された社船は膨大な数にに達していることから、それらの映像をくまなく紹介するのは紙数の都合で困難となった。従って、コンテナ船、バルカー、タンカー、ガス・キャリアー、カー・キャリアー及びその他専用貨物船はリスト主体の構成にしたことである。(株)商船三井が創業150年を迎える時期に編まれるであろう船隊史にはリストではなく、いま少し丁寧な要領で社船が紹介されるものと期待している。

最後に再び、(株)商船三井・芦田昭充社長から 序文を頂いたこと、同社社員各位のご協力を深謝する次第である。 2009年4月


上記は船の図録ですが、こちらは鉄道の図録になります。写真集日本鉄道紀要で、これは日本最初の鉄道写真集と言われています。下記のものは復刻版(S56)です。というわけで今回は乗り物系の図録を紹介いたしました。

写真集日本鉄道紀要・日本最初の鉄道写真集
小川一真あるいは門弟による写真に、鉄道技師の栗塚又郎(生没年不詳)による解説文を併記した大判の書籍である。

『日本鉄道紀要』は恐らく日本最初の鉄道写真集で、一八九八(明治三一)年一一月に 小川一真の手によって刊行された。この時期 は、鉄道敷設法に基づく官設幹線鉄道の建設 がはじまり、同時に第二次私鉄ブームのなか で多くの私鉄の免許・開業が相次いでいた。

鉄道は日本の近代化を象徴するものであり、 全国のあらゆる地域社会が鉄道に関心をもち、鉄道との結びつきを真剣に考えはじめていた。 このような時に鉄道の施設や車両を鮮明なコロタイプ写真印刷によって紹介した本書がは じめて現われたことは意義深い。

本書は全五六ページの片面印刷で、合計八 八枚の写真が収録されている。内訳は、駅一二、機関車一五、客車一六、貨車一六、鉄橋一四、 トンネル七、築堤一、碓氷峠アプト式鉄道(建設中)七となっている。また、車両、施設と も官設鉄道を主とするが、末尾一五ページ分 は日本鉄道の施設(建設中の光景を含む)にあ てられている。したがって、必ずしも当時の日本の鉄道全体から代表的な施設を選択したとはいいがたい しかし、鉄道車両や施設について現在残されているこの時代の写真は極端に少ないので、 本書に収録された写真はいずれも貴重なものである。

とくに貴重なのは全写真枚数の半分以上に あたる四七枚の車両写真である。蒸気機関車 「種類を別とすれば、すべて官設鉄道の車両 である。機関車の大部分は後述するようにその後別に撮影される機会もあったが、客貨車 は本書に収められた写真が唯一となったもの が多い。写真はすべて明治二〇年代の撮影と 考えられる。車両のうち、機関車と客車につ いては四ページにその概要を説明した。

本書は小川一真の個人的な出版であるが、刊行の動機を直接示す資料はない。恐らく、 小川一真は逓信省鉄道局の委嘱を受けて、明 治二〇年代から鉄道車両や施設の公式記録写 真の撮影にあたっていたと思われる。本書刊行 の少し後に、“Les Chemins de Fer Japonals” というフランス文で日本の鉄道発達の概要を 説明した本がつくられている。

この本は逓信省が発行した公的な印刷物で、恐らく欧米諸国に日本の鉄道を紹介する目的 で極く小部数製作されたものと思われる。その製作年は不明であるが、本文中に引用の統 計が一八九八年を最後としているので、その一、二年後の刊行とみるのが妥当な見方であろ う。この本には Historique Sommaire と称す る二一ページにわたる本文のほか全部で一四 枚(うち鉄道施設の写っているものは二枚)の 写真が収録されているが、そのうち八枚は『日本鉄道紀要』と同一のものである。すなわち、 小海一真がそれまでに撮影した写真の一部が 1 xmlns de Fer Japonais”に用いら れたのではないだろうか。小川一真は、これに ききだって自分の写真館で撮影した多くの写 真のなかから八八枚を選定して本書を編集し ていたわけで、本書の撮影対象の大部分が官 設鉄道関係なのは恐らく小川一真が官鉄の委 職を受けた写真師だったからである。そして、鉄道の専門家として、その写真選定を依頼さ れたのが栗塚又郎だったのであろう。

栗塚又郎は一八八二(明治一五)年、工部 人学校機械科の第四回卒業生合で、当時高等教 育を受けた数少い機関車技術者の一人である。

車両メーカー平岡工場を経営する平岡漁の知 遇を受け、両毛鉄道汽車課長(一八九二年)、中武鉄道汽車課顧問(一八九五年)、同汽車課 長(一八九七年)、再び同汽車課顧問(一九○年)などを歴任したが、その後の消息は不 題である。一八九五年、『機関車』(工業雑誌 経という機関車工学の著作がある。


 

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