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武士の意匠・透かし鐔・古墳時代から江戸時代まで

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担当スタッフより

しばらく前に買い取った図録いろいろですが、日本刀関係の図録をいくつかピックアップして紹介させていただきます。

林原美術館名刀図譜
備前刀を中心とした当館蔵刀剣の名品を網羅した図譜が、開館五〇年を経て、諸賢の協力尽力により今ここに完成した。座右に置いて日々親しんでいただければ幸甚である

林原美術館 館長 谷 一尚

林原美術館は、平成二六年(二○一四)年一〇月一日で開館五〇周年。所在地は現岡山市北区丸の内二丁目、もと岡山城二の丸で内堀に面し対面所(迎賓館)のあった所。藩主池田光政(一六〇九・四・四~一六八二・五・二二)は、寛永九年(一六三二)国替えで鳥取から備前岡山三二・五万石へ移籍。その二年後の寛永一一年(一六三四)、天守閣のある本段で火災が発生、藩主居宅御殿が全焼したため、それから約三〇年に亘り居宅となった場所でもある。維新後は、池田家の国元別邸兼事務所となったが、昭和二〇年(一九四五)六月の戦災により、長屋門と土蔵三棟を除きすべて灰燼に帰した。

その跡を引き継いだのが岡山財界の雄、林原一郎(一九〇八・七・二六~一九六一・四・一七)。日本および東洋古美術に鋭い鑑識眼を有していたが、蒐集の中心は刀剣。量より質で、しかも地元備前の名刀が多く、すべて林原一郎蒐集品で池田家伝来のものは皆無。当館蔵の美術品のうち、国宝は三件、重要文化財は二六件を数えるが、そのうち池田家伝来品は、重要文化財中の一〇件のみ。実に指定物件の三分の二が林原一郎の蒐集品である。

館蔵刀剣のうち国宝は、備前福岡一文字吉房(伊予西条松平家伝来)、長船長光(杉山茂丸旧蔵)、名物九鬼正宗(家康から紀伊頼宣を経て伊予西条松平家伝来)の三口。重要文化財は、古備前正恒の太刀(水町袈裟六旧蔵)、小太刀、青江正恒、一文字の一(大蔵公望男爵旧蔵)、無銘一文字、助真、長船派の祖光忠(伊東巳代治伯爵旧蔵)、光忠の子長船長光(河瀬虎三郎旧蔵)、近包(加賀前田家旧蔵)、吉包、菊御作、末守、備後高光、山城吉家の一四口。館蔵国宝の全部(三分の三)、重要文化財の過半数(二六分の一四)が刀剣。

日本刀の伝統的產地、山城(京都)・大和(奈良)・備前(岡山)・相模(神奈川)・美濃(岐阜)の「五ヶ伝」を中心につくられた日本刀のうち、国宝の半数、重要文化財の四割が備前刀。その繁栄の因は、刀自体の出来栄えが卓越し人々に好まれ、良質の鉄と木炭が川便により豊富に運び込まれ、焼刃土は備前焼の上等の陶土が近隣で得られ、製品の捌け口も上方や関東と九州とを結ぶ好位置にあり、

。この備前刀を中心とした当館蔵刀剣の名品を網羅した図譜が、開館五〇年を経て、諸賢の協力尽力により今ここに完成した。座右に置いて日々親しんでいただければ幸甚である。


林原美術館の略歴

林原美術館は岡山市北区丸の内、岡山城内堀のかたわらに所在している。こ の地は、江戸時代には岡山城二の丸の一部で対面所(今でいう迎賓館)だった場所で、明治から昭和時代には、旧岡山藩主池田家の岡山事務所として使われ るなど、歴史的な背景に裏打ちされた地である。

当館の収蔵品は、日本刀の国宝三件、重要文化財一四件を含む約一万件にの ぼり、日本刀は収蔵品の核の一つとなっている。昭和三九年一〇月に岡山市初 の美術館として開館して以来、これらの収蔵品を中心に展示する独自の企画展と、他館から借用した資料もあわせて展示する特別展を二本柱として活動しており、平成二六年七月まで開催した展覧会は三四七回を数える。これらのうち日本刀をテーマにした企画展は、「古刀の名品」(昭和五〇年)、「刀とよろい」(同 六〇年)、「古刀名品展」(同六四年)、「刀と鎧」(平成四年)、「くろがねの姿」(同 七年)、「霜剣」(同一〇年)、「鍛えられた美―刀剣・甲冑・刀装具―」(同一三 年)、「刀剣の美と心」(同一六年)など計一○回、特別展は「備前刀名宝展」(昭 和四四年)、「刀とよろい」(同五四年)、「備前一文字」華やかな日本刀―」(平 成二〇年)、「二次元VS日本刀展」(同二五年)、「エヴァンゲリヲンと日本刀展」 (同二六年)など計八回を数える。これら以外にも、国宝・重要文化財を一堂 努めている。


武士の意匠・透かし鐔・古墳時代から江戸時代まで
本展は、鉄の透かし鐔を中心に、その起源をたどる古墳時代から江戸時代末期まで千数百年間を、名鐔によって物語ろうとするものであります。

日本刀や鐔の図録と言えばやはりこちらの美術館でしょうか。

「武士の意匠―透かし鐔―古墳時代から江戸時代まで」と題して、日本の透かし鐔の特別展を開催い たします。

鐘のなかでも特に鉄の透かし鐔は、今も多く人に好まれています。鐔は本来刀剣に付随するものですが、刀装から取り外され、独立した工芸としても愛玩されてきました。透かし彫りを施しただけの 極めて簡素な装飾ではありますが、自然の風物や信仰などの世界を掌中に入る小さな空間に凝縮させ ました。錆を活かした鉄味は潤いある魅惑的な色を表し、簡潔に象徴的に表現された意匠は墨一色の 水墨画にも通じるものがあります。

鉄の透かし鐔は室町時代に生まれました。これらは鉄の鍛冶職人が余技として生みだしたと考えられています。優れた技を持つ金工職人たちは、これらの鉄鎖に金・銀・銅・真鍮などの華麗な金属で装飾するようになります。桃山時代以降、鐔の装飾的意匠は急激に多様化しますが、一方鉄の透かし鐔は、 さらに侘びた風雅さを備えて日本の心を形にしました。

本展は、鉄の透かし鐔を中心に、その起源をたどる古墳時代から江戸時代末期まで千数百年間を、名鐔によって物語ろうとするものであります。

この展覧会にご協力、ご出品頂きました社寺、美術館並びにご所蔵家に甚深の謝意を表します。

平成一一年二月五日 
佐野美術館 町田市立博物館


平成二年、「粋な透かし―赤坂鐔展」を町田市立博物館と共催した。赤坂”の多くは円形の鉄算を地透かしにしたもので、その意匠は 江戸時代の武士の好みを端的に表す興味深いものであった。

その後、古墳時代の倒卵形鐔のうちに、わが国における製作とみられる 頭 肥大刀・圭頭大刀や方頭大刀に限っては大形の平鐔で、しか も有窓と呼ばれる透かしが開けられていることに気付いた。また、平安時代後期以後日本刀に付属する”は、概して大形の平鐔で、そ こには透かしが施されることが多い。

鎖を刀装から取り外し、鐔だけを鑑賞する習慣はおそらくわが国独特の味わい方であろう。本来鐔は柄と一体の機能を果たし、柄と鐔は意匠を統一しているものである。挿図1はアキナケス型鉄剣(前五~四世紀・古代オリエント博物館蔵)で双葉のような鐔が鍛接されて いる。この剣はホラズム人やメディア人が所持し、コーカサスからユーラシア大陸北部にかけて活躍したスキタイや匈奴などの遊牧民 が使っていたものといわれる。柄頭は横一文字で柄全体としてバランスのとれたものである。挿図2は一六世紀のオスマン・トルコの刀で、録は一段ないし二段の横棒状の形をとる。以上二点の鎌は刀(剣)身の面に平行して突き出しているため、帯に指したり佩いたりする場合身体に密着し易い。挿図3は古墳時代(六世紀後半)千葉県木更津の金鈴塚古墳出土の金銅荘環頭大刀。環頭の中に獅噛・単龍・単鳳が鋳造された大陸の系統を引いたもので、柄は呑口式であるから”は付かない。挿図4は同古墳出土の金銅荘環頭大刀で、環頭部が挿M3より大きく、薄く極く小さな倒卵形の出し”が付いている。ところが古墳出土の金銅頭槌大刀(図版1)には大きな倒卵形有窓が付いている。挿図5は一五九七年ドレスデンで製作された剣の曲線状の柄金具。挿図6は一六○○~一六一○作というドイツの極めて装節的な柄金具。これらは柄の構造全体の中に鐔も含まれ、鐔だけを切り放して一つの造形とし難い。挿図7は『集古十種』に描かれた鐔で、桃山時代にもたらされたものであろうか。

数点の例ではあるが、大陸に伝わる柄と、わが国で製作された柄・平”とはかなり異なった様式であることに気付く。平安後期以降、即ち尺りのある日本刀が誕生して以来、一部の飾り太刀を除いて、鐔は一様に大型の平鐔となった。それが儀杖用であれ武用であれ、また腰に佩く太刀も腰に指す刀も一様に、柄に平鐔を配している。そして兵庫鎖太刀などのように金銀の豪華な装飾をもつ場合は、柄・鐔・鞘を統一した意匠で製作されたが、鉄鐔が流行すると、持ち主の好みによって鐔が自在に掛け替えられた。鐔のみ単独に製作・売買され、鐔のみを鑑賞する風習が生まれた。

刀装具に関する古典には、稲葉通龍著『装剣奇賞』(天明元年一七八一)と榊原源長著『本邦刀剣考』(寛政五年一七九三)がある。前者は幕府抱工のお家彫りと呼ばれる後藤家歴代の作品とともに町彫り作品などの金工について記述し、後者は刀装について有職故実の観点から著し、一部に鐔を論じている。

この度の企画は、古墳時代、倒卵形透かし鐔から近世まで様式の変遷を可能な限り捉えつつ、さらに室町時代以降流行した透かし鐔の優品の展示により、わが国の透かし鐔に現れた特性を明らかにし、今後の研究のよすがとしたい。


安親の初・二代

安親の初・二代・米野健一
偶然な機会から安親の初・二代に関心を持ち研究してきたがこれからの安親研究の参考としてその踏台となれば有難い

まえがき
安親の初・二代。聞き馴れぬ言葉で、古い愛好者の方には、少し耳ざわりな感じのする題名であったが、刀剣美 術誌に発表した自分の研究を、柄にもなく一冊の小本にまとめてみた。顧みて、沢山な先輩、諸先生を差置いて、 随分遠慮なく書いたものだと思う。

肥後郷の本場の者が、肥後を語らずに江戸の安親を語るとは、何とも僭越な次第であったが、若い頃から奈良三作には興味があったようである。一カ月、三十円で何とか生活の出来た二十代の頃、やっとの思いで買えた二十五円の錦大観を毎日大切に眺めながら、将来の夢は、何時の日か、この所載品の中から、金工物では安親の豊千禅師、利寿の大森彦七、金家では春日の鹿のような名品を手許に持ちたいと望外の望みを持っていた。

夢は、六十を過ぎた今も少しも変わってはいない。 「私は鐔の構図は、大振りなユッタリとした図案が好きである。そのためか、肥後のおおらかな透しや、甚吾に三 角、金工では奈良三作に金家・信家、宗珉や昆寛、それに夏雄あたりが共通点が多いとみえ、今でも、このあたり の作品に強く心を引かれる。
偶然な機会から安親の初・二代に関心を持ち研究してきたが、このたびの発表が完全なものとは決して思ってい ない。これからの安親研究の参考として、その踏台となれば有難いと思っている。


 

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