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日本手彫切手・1871-1876等お譲りいただきました。

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担当スタッフより

日本手彫切手・1871-1876等お譲りいただきました。切手の本なども積極的に書買取している分野の一つになります。いずれ数が増えてきたら新たにカテゴライズする予定です。こちらもおそらく極めて珍しい本で二度と手に入らない気がしますので、アーカイブしておきます。

日本手彫切手・1871-1876
リーガルナタニエル氏のこのコレクション日本手彫り切手1871-1876はソウルで開かれた国際切手展 フィラコリア 2002において同展最高の賞である名誉大賞グランプリドヌールを受賞した作品である。

推薦のことば

イーガル・ナタニエル氏のこのコレクション「日本手彫切手1871-1876」“JAPAN-Etched Stamps 1871-1876″はソウルで開かれた国際切手展フィラコリア 2002 において,同展最 高の賞である名誉大賞グランプリ・ドヌール Grand Prix ‘Honneur を受賞した作品で ある。日本の収集家が果たすことのできなかったこの快挙を, イスラエル人のナタニエル 氏が達成したことの意義は大きい。

ナタニエル氏は16歳のとき, イスラエルを訪れていた日本の青少年との交流を契機に, 日本の文化に関心を寄せるようになり,やがて日本切手を集めるようになったと伺った。 氏の収集は次第に高度化し、ついには手彫切手の専門収集を志すようになった。私がナタ ニエル氏と初めて出会ったのは,1995年のシンガポール国際展の授賞式であった。このと き,同氏は金賞を受賞した。私は外国人が日本切手,それも最難関の手彫切手を熱集して いることに驚嘆するとともに,同氏の篤実な収集姿勢に,深い感銘を受けたのであった。 そして1997年のサンフランシスコ国際展でも再会した。

出展を重ねるとともに,氏の収集は充実を続け,2000年のマドリッド国際展で3回目の 大金賞を受賞して, FIPチャンピオンシップ・クラスへの出展資格を得た。2001年のフィ フニッポンで初めてチャンピオン・クラスに出展したのち,二度目のフィラコリア2002で, グランプリ・ドヌール(名誉大賞)受賞の偉業を達成したのである。

外国人が,距離と文化そして言語の壁を乗り越えて,日本の手彫切手を集めることに は多くの障害があったことと思われる。その障害を乗り越えて,立派な大コレクションを 形成した努力には敬服の他はない。

日本の読者の多くは,英文の題名が Japan-Etched Stamps となってることに違和感 を抱いたことと思う。日本では手彫切手のことを hand engraved stamps と記す人が多 い。しかし,銅版に付着させた蝋の膜に針で図案を描いて強酸で触刻し,凹版印刷の原理 で印刷する方法は、 エッチングと呼ぶほうがより適切である。ナタニエル氏のタイトル名 はその意味で正確である。ただし,同氏も,そして古くはトレーシー・ウッドワードも,本 文中では engrave の用語を使っていることを付記しておく。

このコレクションの最大の特徴は、単なる伝統郵趣収集に留まらず,郵便史的にも意義 深い使用例のマテリアルを,豊富に揃えていることにあると思う。従来,日本人収集家の 作った手彫切手コレクションとは、一味違った作品となっている。

ソウルでの受賞後,財団法人日本郵趣協会は、氏の作品をジャペックス 2002に招請し た。幸いにして氏はこの要請を快諾され、ご自身で来日の上,作品を会場に搬入していた だいた。

コート・オヴ・オナーに飾られた氏の展示は、連日大勢の参観者の注目を集めたし,授 賞式直前に氏自身が行なった作品解説には、展示スペースに入り切れないほどの参加者が 集まった。


この記念すべき作品を、書籍の形で永遠に記録するとともに、会場で見ることのできなかった多くの郵趣家にも選賞していただけることを目的として,本書の刊行が決定。 作品の解説は,主として製造面を石川勝己が,使用面を松本純一が分担執筆した。また国際的にも広く読んでいただくように、英文テキストを付したが,央訳は松本純一が担当した。

率直に言って, 本収集はグランプリ・ドヌールを受賞した大作品ではあるが,専門的に見れば,まだまだ未集のマテリアルもあるし、細部では少数ながらナダニエル氏が誤認している箇所も見られた。解説に当たっては、これらの不備を客観的に指摘してある。しかしながら,これらの細部の不備は,決して作品全体の価値を減ずるものではない。

世の中にはグランプリ・ドヌール受賞を卒業と理解して,収集をやめる人が多い中、 あって,ナタニエル氏は収集のさらなる充実を,ライフテーマとして目指している。その熱意には脱帽の他はない。

本書は手彫切手収集のテキストとして、永く読み続けられる価値の高い書物である。そして手彫切手を集めていない郵趣家にとっても、収集の方法についての恰好の参考書となることを確信している。

2003年10月1日

財団法人日本郵趣協会 理事長 松本 純一


私が初めて日本切手を出展したとき、多くの郵趣家は不思議に思ったようである。なぜ,外国の小国 の収集家が,困難で(贋物の多い)日本のクラシックをあえて集めているのかと。

多くの友人から警告を受けた。日本語を理解できて、日本切手の市場に近いところにいる日本の収集家と対抗して,目標を達成するのは不可能であると。

日本古典切手の収集は,魅惑的な主題ではあるが,決して楽なことではない。たとえ真慣の区別のできる能力をもっていてもである。

日本の切手は美しい。まことに魅力的である。収集を始めたとき,容易ではないと分かったが,日本 切手に対する特別の愛情が,収集を継続するよう激励してくれた。

日本最初の切手「竜切手」の竜の頭や,「鳥切手」の15銭切手をルーペで観察するとき,その毛髪や羽毛を実感するほど,詳細に描かれた図柄には興奮を覚える。 エンタイアも興味深く,郵便史への傾倒を激励してくれる。 

このコレクションは,基本的には伝統郵趣の収集であり、1871年から1876年までの手彫切手とその カバーで構成している。

図案, 刷色, 消印の代表例を展示するよう試みた。そして状態の良いもの,すなわちセンターが良く, 色のフレッシュなものを選んできた。これは思ったよりも難しい。特に低額面の地味な切手, 例えば和 紙半銭とか、和紙2銭や4銭などが難物である。

この基準に合致するようなアイテムの入手には、何年も待たなければならなかった。そしてこれが, 入手容易なアイテムの幾点かにおいても、未収のものが残っている理由でもある。これは円の札束の問 題ではなく、忍耐,精励,そして運の問題である。 また,魅力的で希少な消印も捜し求めてきた。 センタリング,色,消印は、いかなる収集家にとっても枢要なポイントであり,その選択によって, 他の収集家とは違った独自性を示すことができる。


土佐の村送り切手・香宗我部秀雄

土佐の村送り切手・香宗我部秀雄
これまで切手商稼業を通じて入手し、愛蔵してきた、郷土の誇りでもある「村送り切手」を、自分のライフワーク として、是非まとめたいと考えておりました。


私は大正7年10月18日、高知県中村市下田に生まれ、戦時下の一時期を大陸で暮らしたほかは、生涯の大半を 高知県で過ごして今日に至っております。昭和30年から平成19年3月まで高知市内に「切手の店」を出し、県内の 郵趣家 (郵便趣味・収集家)へのサービスに努めてまいりました。

これまで切手商稼業を通じて入手し、愛蔵してきた、郷土の誇りでもある「村送り切手」を、自分のライフワーク として、是非まとめたいと考えておりました。このたび、本県出身の郵趣家・香宗我部君に協力して、「土佐の村送 り切手」の実態について、今まで知られていることや、我々の協力で解明できたことを取り纏めようということに なりました。

まだまだ未解明の事柄が数多く残されていることは承知しておりますが、その全貌が明らかになるまでの一里塚 とならんことを心から希望するものです。

浜口 平助
平成19年6月


1「村送り」は、江戸時代初めに始まった土佐藩内だけで行なわれた、公用の人・荷・文書・書状などの運搬方法」を言う。主として「役人の為だけの制度」である。

2明治5年3月、高知県は「全国郵便の県内開業」について、巡回して来た中央政府 の役人と協議した(この協議は、四国の他の3県でも同時期に行なわれている)。 中央政府の役人は、「郵便料金は郵便切手で前納する事になる」などと話した。高 知県は、道路や施設の整備が困難である事を理由に、開業延期を主張したらしい。

3明治5年6月1日、高知県庁が管轄する「新制度・村送り」が発足した。この「新制度」は「役人の為だけの制度」ではなく、民間人も利用する事かじさだ。 この時、郵便切手を模した、約10種類の「村送り切手」が、高知県庁によって発 行された。この「高知県庁が発行し、県内だけで通用した村送り切手」は、日本で 唯一の「地方自治体が発行した地方切手」であり、「この本の主人公」である。

4明治5年7月1日、四国の他の3県で全国郵便が開業した。 明治5年8月1日、高知県でも全国郵便が始まった。他の四国3県から1ヶ月遅 れの郵便開業で、「新制度・村送り」からは2ヶ月遅れの開業である。 高知県が「新制度・村送り」の整備を急ぎ、全国郵便を後回しにした事は明らか である。

5開業時の高知の郵便は、270年続いた「村送り」と比べて貧弱であったため、「村 送り」は暫く廃止されず、以後2年余の間、郵便と共存して、利用された。 明治7年11月16日、高知県内の郵便網が整備され、「村送り」は廃止された。


村送りとの出会いなど

 私は戦時中の東京に生まれたが、生後まもなく、高知県香美郡野市町にある母の実家の養子として、その家で育 てられることになった

家の物置には古い長持ちがあり、その中の衣類、漆器、掛け軸、書籍、古文書などを、年に1度、祖父母(養父母) の手伝いをして虫干しするのが年中行事になっていた。小学3~4年生の頃から、祖父にねだって切手を貼った封 筒(カバー)を貰い、封筒や剥がした切手を空き箱などに入れて集めるようになった。このとき手に入れた封筒の大 部分は新しい物で、手彫切手、小判切手などが貼られたものは極く僅かしかなかった。当時は、田舎のこともあっ て、切手カタログなるものが存在すること自体知る由もなかったが、それはそれで収集欲の弾みになっていたよう な気がする。

浜口氏夫妻が経営する「切手の店」に通いだしたのは昭和30年頃、店のオープンの年であったと記憶している。 当時私は中学生になったばかりで、特別楽しみもないその頃、少ない小遣いのほとんどを切手に使っていた。

高校生のとき、京都大学の資料調査員が家に来て、古文書の箱を調べたあと、「こんなものが在りましたよ」と渡 してくれたものが村送り切手(十五里巳下村送切手。巳下は以下の意味)を貼った封筒で、更に探してみると同じも のをもう1通見つけることができた。これが村送りとの最初の出会いである。

私もこの頃になると村送り切手を多少知っており、明治初年に高知県内だけで使われた珍しい切手であることは 聞いていたが、それ以上の詳しいことを知らなかった。

現物を手にした感激は今でも忘れることができないが、このとき「時間がかかっても、これまで判っている村送 り切手の総てを調べよう」と強く思った。

1年浪人した後、昭和38年に東京大学に入学した。入部した切手研究会(昭和22年1月発足)は顧問が三島良績 教授(原子力工学部、切手の製造、昭和切手)で、先輩に新井紀元氏(昭和切手)が居られて、比較的新しい切手の収 集・研究が主体であった。活動の中心は年2回の学園祭(本郷の五月祭と秋の駒場祭)にあり、記念カード(切手を 貼り、記念印を押したもの)を製作販売したり、部員のコレクションを展示したりしていた。この時期以外に全部員 が集まって活動することは少なかったように思うが、新入部員歓迎会にはOBの谷喬氏(手彫切手)や吉田景保氏 (郵便史)が出席されることもあり、以後指導を受けることができたのは大変幸せであった。

大学入学以後現在まで私が収集対象としてきたものは、1土佐の村送りの書状、2小判切手や菊切手を貼ったカ バー、3初期郵便印、4普通葉書の使用済み…等である。安サラリーマンであったために経済的余裕は少なく、切手 の展覧会へ出品できるコレクションといえば「土佐の村送り」や「土佐の郵便印」(昭和42~49年出品)ぐらいであ ろうか。

話を「村送り」に戻す。大学入学の年、切手研究会の紹介でアルバイトに行った切手の展覧会で、『土佐の村送り 通信制度の研究』の著者の一人である田辺卓男氏を紹介され、郵便史や村送りの指導を頂く契機となったのも幸運 であった。

大学も2年生になると、金や時間に余裕ができた。東京オリンピックの頃である。長い休暇には必ず高知に帰省 し、村送りや土佐の郵便印の調査と収集に精を出すようになった。平尾道雄氏(土佐藩山内家家史の編集、土佐藩維 新史研究の第一人者)をはじめ、多くの土佐の郷土史研究者からご教示を受け、資料提供をしていただいた。

昭和20年代から30年代にかけ、村送りに関する多くの研究成果が郵趣文献(『切手趣味』など)に発表されてい る。これら諸先輩の研究成果と、私が地元を回って集めた資料をもとに、昭和45~46年『土佐の村送り切手』(日 本郵趣協会刊、郵趣新書)という小冊子(上下2冊)を出した。昭和42年に民間会社に就職し、趣味に割ける時間は 極端に減ったが、小冊子の原稿は大学卒業時にあらかた書き上げていた。

約40年経ったこれを読み返してみると、独断に走ったところ、校正ミスなどが目につく。また、小冊子故のページ数制限もあって、詳細データを書けなかったうらみがある。小冊子の「あとがき」では、「総ての の写真を集めたい」と夢を語って結んでいる。そのときは「夢であって、夢に過ぎない」と考えていた。 ここ数年、何人かの方のご厚意で、多くの村送り切手を拝見することができた。複写や発表も快諾して た。30数年間勤めた会社も平成14年末に定年退職した。薦めてくれる人もあって、これを機会に久々にイ 首抱いた夢の一部でも実現しようと試みたのがこの本である。今回の調査では、高知「切手の店」の活 然位の吉田氏(利一氏のご子息)と私の実兄・奥村俊雄の協力によるところが大きかった。 出版に当たっては、(株) 鳴美の山崎好是氏に全面的なお世話を頂いた。 これまで協力いただいた方々の中には故人となった方も多いが、ここに紙面をもって深く思謝したい。

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