
宮本仲コレクション 佐久間象山遺墨集成への思い
坂本五郎
私は、戦後、東洋古美術を中心にさまざまな美術品に出会った。其の長い道程の中、 不図、信州の出自、宮本仲翁が終生かけたコレクション「佐久間象山の書」の一群を伝 得する幸運に恵まれた。佐久間象山の偉大さは、十分心得ていた。同時に、これら遺 墨が象山の人と成りを投影する貴重な存在であることを何より尊んだ。さらに、翁生 前に手許を離れた遺墨に、一再ならず巡り会った。これまた、翁の遺志に想いを馳せ、 逃すことなく、順次、収蔵に加えていた。これらを図版で掲出し、すべてに釈文を付 した本にまとめておけば、今後の佐久間象山研究の基本文献になること必定、と。こ の様な思いを胸に秘めながら、このコレクションを大切に持ち続けた。
其の後ある時、日ごろ呢懇に交わっていただいている小松茂美博士に、己からの思 いを打ち明けたところ、先生は、即座に賛同の意を示して下さった。先生は古筆学の 泰斗。書の専門家である先生が責任持って引き受けて下さる事、無上の喜びであった。
幸い、小松先生の御門弟・神崎充晴先生の全面協力を得ることができた。まず、そ の技倆を発揮しての写真撮影より始まり、全作品の写真が揃った。つぎは解読作業。 これにはまず、小松先生旧知の朋友・杉浦一久氏(早稲田大学卒業。東京書籍株式会社勤務の後、 郷里の愛知県立西尾高等学校の国語教師)に依頼していただいた。博学多才の杉浦先生の助力 も誠に幸いであった。もともと、大正二年に信濃教育会が『象山全集』(上下二冊)を編 んで、数多くの象山の作品を収録している。この宮本翁コレクションの多くもその中 に含まれる。この本を参考にしながらも、佐久間象山の筆跡は、見るからに筆癖著し く、解読には難渋がともなった様子である。が、杉浦先生の稿を基に、神崎先生が点 検、補完。勿論、最終的には小松先生の厳密な監修を経て、完璧を期していただいた ことはいうまでもない。
ここに、『新修佐久間象山遺墨集』が出来上がった。長年の思いが成就して、まこと に嬉しい。小松茂美先生、杉浦一久先生、神崎充晴先生の御助力に対し、感謝の念に 堪えず、心から厚く御礼申し上げる次第です。
さらに、編集から出版に至るまで牽引してもらった木村京子女史、ならびに、この 出版を快く引き受けて下さった京都書肆柳原出版株式会社にも謝意を申し添えます。
平成十七年九月吉日