【歴史の証言】大正15年の立山・剣岳登山―竹田宮恒久王・北白川宮永久王・両殿下の記録

古いアルバムのページをめくると、そこには日本の登山史に刻まれるべき貴重な光景が広がっていました。大正時代、皇族として険しき峰々に挑まれた北白川宮永久王(きたしらかわのみや ながひさおう)と竹田宮恒久王(たけだのみや つねひさおう)の、立山・剣岳登山の記録です。正確には本ではなく当時の写真です。

大正期には皇族方の立山登山ブームがありました。参考までに列挙します。
東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみや なるひこおう)大正8年1919皇族最初の立山登山(7月)、帰りに立山温泉泊
朝香宮鳩彦王(あさかのみや やすひこおう)大正10年1921信州より入山。針ノ木峠越え、立山、剱岳登頂
秩父宮雍仁親王(ちちぶのみや やすひとしんのう)大正13年1924皇族最初の積雪期登山(5月)ブナ坂からスキー登山、峰々をスキー、アイゼンで踏破
竹田宮恒徳王・北白川宮永久王(たけだのみや つねよしおう・きたしらかわのみや ながひさおう)大正15年1926 剱岳、立山登頂。針ノ木峠越えで下山

「山岳の宮」としての情熱を秘め、若き日に日本の屋根を極めようとした先駆者たちの足跡。このアルバムに刻まれた一コマ一コマは、立山・剣岳の登山史において欠かすことのできない、極めて重要な「生きた証拠」です。