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埼玉県志木市より増補・大日本地名辞書等買取させていただきました

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担当スタッフより

埼玉県志木市より増補・大日本地名辞書等買取させていただきました。正確には辞書ですが、適当なジャンルがないのでやむなく歴史書のジャンルにて紹介させていただきます。序文は大隈重信他錚々たるメンバーが名を連ねます。今でも時々入荷してきますが、こちらは復刻版になります。

増補・大日本地名辞書
吉田東伍が独力で完成させた全国地誌・日本歴史地理学の先駆的著書・わが国初の地名データベース

吉田東伍博士は新潟県の出身であり、早稲田大学の第二代の図書館長であった、春城・市島謙吉先生の遠縁につながる人 である。博士は旗野氏から出て、吉田氏を襲がれているが、市島先生の雪子夫人は、博士の従姉妹にあたる方である。越 後水原の小学校の訓導を辞した博士は、一時、北海道に渡っ たが、やがて帰郷、明治二十四年十二月、上京して麴町の市 島邸に寄寓した。当時、博士二十八歳。市島先生は三十二歳で、高田早苗博士に替って、読売新聞の主筆を引き受けた年であり、その推靴によって、その翌年から、博士は読売新聞 社に入り、「史海」掲載の田口卯吉博士の史論批評を、蟷斧 生、また落後生の匿名で執筆掲載した (博士の旧稿の貼込帳 の終りには「三十無名豈無恥、落後真落後」と書かれていた という)。その翌年九月よりは、早稲田大学の前身である東 京専門学校の図書室に勤務、二十六年三月にいたった。同じく市島先生の口添えによったものである。

その年『日韓古史断』を出版、越えて明治二十八年(一八九五) 正月より海軍従軍記者として、威海衛攻撃に参加している。 同年五月に帰国、九月より、愈々『大日本地名辞書』の編纂 に着手した。研究費は、市島氏の宗家、貴族院議員市島徳次 郎氏にたより、手伝いとして、松本弘・市島直次・野口多内・ 賀田直治の諸氏が写字に従事した。翌年二月にいたって市島 先生が交渉をして、その出版を冨山房が引き受けることにな った。このことについては、首巻の「市島春城序」に、先生 自身で書かれており、また冨山房主坂本嘉治馬氏の跋文にも 記されている。なお、博士の地名辞書編纂は、従曾父にあたる小川弘氏の遺業を引き継いだものである。

『大日本地名辞書』 第一冊の上の出版は、明治三十三年 (00) 三月三十一日のことであり、以後四十年(一九0七)十月 十三日、汎論索引をもって完結した。出版完成記念に贈った 古田半迂氏の刻になる冠防印の文に日く「一千二百万字酒中 炎」と。市島先生は、自らの手控えにこれを注して「蓋し、 事実を記するもの、著者十三年の苦辛は、心神を鋪労するこ と蒸し、因て録す」と記されている。博士の年齢は、編纂着手の年、三十二歳、完結の年、四十四歳である。(数え年)

この間、著書は、「日本読史地区』・『読史地図略説』・『瀬戸 内海権史論」(改題「海の歴史』)・『続々群書類従地理部』等 を刊行。明治三十四年五月より、東京専門学校に喜田貞吉博 士のあとを承けて、講師として、史学科において本邦地誌を 講ずるようになった。三十五年、東京専門学校が早稲田大学 となるにおよんで、教授として、大学部政治経済学科に史学 を、専門部歴史地理科に、国史・日本地誌の講義を担当し、 三十六年、高等師範部が開校してからは、ここにも出講するようになった。市島先生は、三十五年四月から、専任の図書 館長となり、翌年には、博士も図書館の商議員を依嘱されている。

『大日本地名辞書』には、北海道・樺太・琉球・台湾は除 外されていたが、明治四十一年より、これを追加する意図を もって、五月から早稲田の史学科の卒業生、藤本慶祐氏を助 手として着手、四十二年三月に、続篇として出版し、ここに その全体が完成したのである。

明治四十二年七月、地名辞書の完成によって、学界より、 満場一致でもって、文学博士の学位を贈られた。

博士のその後の著書には、『世子六十以後申楽談義』校異 及補誠・「倒叙日本史』・『維新史八講』・『利根治水論考』, 『国史百科大辞典』(未刊)・「地理的日本歴史』・『日本文化史 論」・「庄園制度の大要」・「宴曲全集』・『新編読史地区』・『越・「秋田県史県戸部』補修、等がある。

大正六年九月、早稲田大学維持員となり、理事に就任、図 書館長事務をも兼担したが、この年十二月より健康勝れず、 床に就くことが多くなった。翌大正七年正月十八日に、千葉 へ静養のために出かけ、十九日の午後銚子の飯沼観音前の吉 野旅館に投宿、その夜は別条なく、二合の酒を一合傾け、翌 日も変りなく二人の子息を東京へ戻し、この夜も二合の酒を 尽したという。二十一日は、終日辱中に在り、昏々として食 を絶ち、夕刻宿の女中が電燈を点じて、初めて苦悶の状態に 陥っているのを発見、急ぎ医者を迎えて、通宵看護を尽した が、既に危篤となり、東京より家族や市島先生等も駈付けた が、午後七時十五分、終に絶命、五十五歳の生涯を終えた。

二十六日、青山斎場にて仮葬、荼毘に附し、二月十三日、越 後中蒲原郡小合村の真宗大谷派、高陰寺において本葬が行われた。

翌年、博士の「終焉碑」建立の発議があり、千葉県銚子の 金比羅山の上に地をトし、碑下に『利根治水論考』一部を銅 函に入れ、高橋氏の撰刻になる「座書蟻志」とともに埋め、 碑石は仙台石、台石は花崗岩を以てした。文に日く、 「文学博士吉田東伍君、病游于銚子、居一日、流然逝。実 大正七年一月廿二日也。君宜著書、論刀水、後終於其眉、 似有宿縁焉。故旧門人、乃有謀、樹石表之。大正八年七月 弟 高橋義彦篆額・郷友 市島謙吉撰書」と。 『大日木地名辞書』の原稿は、今、早稲田大学図書館に蔵 されている。すべて五年十五冊である。

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