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陸軍火砲の写真集・明治・大正・昭和の火砲精粋等軍事書籍お譲りいただきました。

陸軍火砲の写真集・明治・大正・昭和の火砲精粋

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陸軍火砲の写真集・明治・大正・昭和の火砲精粋等軍事書籍お譲りいただきました。

軍事書籍


陸軍火砲の写真集・明治・大正・昭和の火砲精粋

まえがき

終戦後、既に半世紀以上がたちました。日本陸海軍の歴史の研究は盛んに行われていますが、最近でも続々と研究成果 が発表されているように、まだまだ解明されていない課題がたくさん残されています。戦争史の総括は一00年たたなけ ればできないといわれますが、大東亜戦争についてはどうでしょうか。

陸軍では聯隊史など歴史書がたくさん出版され、貴重な資料になっています。その中で砲兵関係については「砲兵沿革史」と「日本砲兵史」を双璧として基本的な資料がまとめられています。しかし、砲兵が扱った火砲などの兵器について は、海軍や航空関係に比し、まだまだ研究が不十分です。火砲の研究は遅れているというより、明らかに取り残されてい ると思われます。

資料がほとんど残っていないこともありますが、火砲については外国の模倣であるとか、旧式で性能が悪かった、などという誤った見方があり、今日まで真面目な研究対象とされなかったのではないでしょうか。たしかに三八式野砲はドイツのクルツプ式野砲の系統であるし、九〇式野砲はフランスのシュナイダー式の設計を受けついでいます。しかし、日露戦争で活躍した三一式速射野砲は純国産で、欧州の兵器メーカーとの競争試作に堂々と勝って採用されました。また、四五式一十四榴にしろ、同十五加にしろ、日露戦争の経験から、大変な努力の結果、日本陸軍が作りあげたものです。開国から五十年もたっていない軍事の後進国日本が大威力重砲を完成させたのです。フランスやドイツは長期間蓄積したノウハウをもっていて当然ですが、わが国には何の技術力もなかったことを考えますと、このような火砲を作ったことを大き な誇りとして伝承しなければなりません。

ただ残念に思うのは、例えば、明治末年に制定された四五式重砲が大東亜戦争終結まで、主力火砲として使われ続けたことで、新しい技術の開発が後手をとったことです。陸軍では昭和十年頃から新火砲の開発・生産を図りましたが、これ等が総て戦力増強に繋がったとはいえません。技術開発、生産の遅れが敗因のすべてではありませんが、今のうちに検証 ・反省しておくべきではないでしょうか。

本書には日本陸軍砲兵の火砲のうち、主要なものだけを収載しました。これらの写真は砲兵の先輩が所蔵されていたものや、筆者が内外から探し出したものです。昭和六十一年に「日本の大砲」を出版した後、全国の砲兵出身の方々から様 々な写真をお寄せいただきました。「日本の大砲」は既に絶版となりましたので、これらの写真をまとめて写真集を作っ たらどうかと天田達也氏にご提案したところ、直ちにご賛同をいただきました。早速、編纂委員会が組織され、今日出版 の運びとなりました。

本書に収載した写真は、僅か二○○点程度ですが、特に貴重な写真や残すべき価値のある写真を厳選しました。陸軍火火砲の精枠として、それぞれの砲兵史の付随資料にして頂ければ幸甚です。

平成十二年三月吉日

佐山 二郎


平成十一年七月、火砲研究の大家である佐山二郎氏の来訪を受け、貴重な火砲の写真の提供を頂いたことにより、「陸軍火砲の写真集」発刊の企画が一挙に具体化した。私は、これは後世に残すべき立派な資料と考え、是非とも江湖の識者が愛蔵されるにたえる写真集として刊行したいとの希望を、重砲会会長白倉鉄夫氏に進言した。早速快諾をえて編纂委員 会が組織され、編集作業に着手することが出来た。

佐山氏は雑誌「戦車マガジン」に陸軍火砲の写真を数年にわたり掲載、更に約五年間の歳月を費やしこれを集大成して、 昭和六十一年に出版協同社から「日本の大砲」を発刊された。この本は火砲の開発の歴史をも記した四百五十頁の力作で あった。その後、陸軍砲兵関係者等の指導や、写真の提供を受ける為、東奔西走された。国内のみならず、アメリカのナ ショナル・アーケイブス(国立公文書館)にまで赴き、米軍が戦中・戦後に収集した日本陸軍の火砲に関する諸資料を集められた。更に、平成十一年光人社より「大砲入門」を発刊されたが、今回更に未発表の貴重な写真の提供をうけて本書を編纂することが出来た。ここに佐山氏に深く謝意を表する次第である。

当初は重砲会の会員を対象に重砲兵部隊の装備火砲を中心にまとめる予定であったが、その後全砲兵(野戦砲兵、重砲 兵、高射砲兵)の主要装備火砲を含めることとした。そこで砲兵会の有志で構成した編纂委員会に組織を改め、広く砲兵 関係に身を投じた方々、並びに火砲に興味を持たれる若い人々をも対象として編纂に取り組むこととして、今日に及んだ。

砲兵の本領は、威力強大、機動迅速なる火力により戦闘の骨幹を形成することにある。火砲は砲兵の軍旗とも言うべく、生命同様の重みを持っていたのである。優れた火砲により装備された砲兵部隊も少くはなかったが、むらくは、広大な戦場において戦うにしては、量産された火砲が少なく、大規模な砲兵火力を集中的に使用する機会に乏しく、又、大砲兵戦を展開する企画も、実力もなかったことである。

ともあれ本稿に掲載された火砲は、陸軍火砲の中で、よりすぐったものを美しい写真集に仕上げた積りである。装幀も、 郷愁をそそる山吹色にした。明治建軍以来、北に南に戦い、火砲と運命を倶にして散華された幾多の砲兵戦士の英霊と、破壊、海没、爆破、などの運命にあった火砲に対し、この稿を捧げ、深い哀悼の意を表する次第である。

最後に、貴重な資料の提供を頂いた佐山二郎氏、本文巻末砲兵関係年表や最大射程図などを纏められた田藤 博氏、全 般の構成、印刷等にご配慮頂き、且、短期間に完成していただいた株式会社 千 創社長の斎藤久認氏および担当の虻川幹 夫氏に対し、この紙面をかりて厚く御礼申し上げる。

平成十二年三月吉日

編纂委員天 田達也


工兵の歩み 吉原矩

明治六年我陸軍が発足した当時、工兵は僅か数十名足らずの 沼津学校生徒や、 各藩の工兵を集めた 教導団工兵隊を基幹と し、爾後軍備拡張に伴い逐次増強されたが、対歩兵比は僅に3と、極めて少数でしかも原始手作業の装備で、日清日露の攻 城野戦に敢斗し、赫々たる武勲を奏したのである。

日清戦役後、鉄道電信の諸隊を加え、更に日露戦役後航空の将来性を洞察し、文字通り骨身を削り一門の肝脳を挙げ、航空部隊の創設に先鞭をつけ、本然の工兵とは全く異質の一大分科を構成し、纏て陸軍航空軍の母体たらしめたのである。

抑々工兵の本質は他の四兵否全陸軍の為、必要とする諸施設を開拓する使命を有し、響に陸地測量、築城、運輸の三大事業を担任し全軍の輿望に応え、 更に作戦の要請を充す為上陸作戦に 専任する船舶部隊を、 次で大河を機航する 渡河部隊を創設し、支那事変に於ては、内陸部の水濠地帯に於て縦横の活動を縦にし、作戦の中枢を形成し、大東亜戦に於ては船舶部に、大平洋狭しと東奔西走、列国に其比を見ざる上陸作戦を展開したのである。

一方輸送を本務とする 鉄道部隊も亦、 作戦の要望に従い装備を新にし、 出動回を重ねるにつれ、 逐次戦斗部隊の色彩を加え、時あっては軍の先頭に立ち戦いつつ線路を開拓し、しかも輸送を完遂する壮挙を演じたのである。

以上日本工兵に就て概説したが、 列強中これに比肩する 工兵ありや。 戦破れたりと雖、 日本工兵こそ世界に冠たりと言う も、過褒にあらずと断言するに憚らずである。

ローマは一日にして成らずと云う古諺があるが、我工兵も亦歴代の兵監を始め幹部養成器材開発の衝にあたられた方々の並々ならぬ御努力もさることながら、第一線に在って日夜晴雨を問わず部下の訓練に精進された隊長以下の功績に対し、感謝敬服を禁じ得ないのであります。 私は之等の方々に対し、其事績を述べ其功を称えんが為、本書を公にした次第でありますが、素より井蛙の管見幾多欠落を保し難く、誤謬なき能わず。読者諸君の叱正を賜われば、幸甚之に過ぎるものはなく、切に御宥恕を請うものであります。

尚末筆ながら、本書の人名索引にあたっては、大久保正路(延期)君の絶大なる御協力を得たことと、出版に際し春山善良 (2期)、山口弥六(8期)両君の献身的御尽力に対し、萬腔の謝意を表する次第であります。 昭和五十六年十月


大東亜戦争への道程・関東軍防疫給水部・関東軍七三一部隊

大東亜戦争への道程・関東軍防疫給水部・関東軍七三一部隊(石井部隊)の壊滅

は じ め に
 一九四五年八月九日、日ソ不可侵条約を破りソ連軍百六十万の機動部隊が怒濤のごとく満州に侵攻した。南方 と本土に二十四個師団と十一個旅 「の精鋭を送り出した関 には、此れを迎え なく、小銃すら無い。 設步兵連隊 師団もあって、ソ満 境戦線の攻防もソ連の一一方的な攻勢の展開となった。

この時真っ先に七三一部隊の累が天皇に及ぶのを危惧した参謀総長は、大本営作戦参謀朝枝中佐をして其の処置 を指示するために新京に派遣した。事前に参謀総長命令の受領場所を石井に打電して、八月十日正午に新京飛行場 に七三一部隊長石井四郎中将を出迎えさせた。此処で石井に対して朝枝は参謀総長命令を以下のごとく伝達した。

『部隊の建物破壊と一切の証拠物件の連滅。破壊活動作業の弾薬の手配と部隊全員の内地への送還列車の手 配が完了済みであること。「マルタ処理についての指示等が伝達された。[追憶五十二年前・朝枝繁春」』 歴史を知らずして未来は語れない。此処に関東軍防疫給水部第七三一部隊の設立の動機と四支部の増設、その内容の一端と敗戦時の本部と支部の爆破処理、証拠物件の焼却などと部隊員の動向などを、関係者を主体に三十九名 の体験と行動など隊員各々の悲喜交交の実録(内地への脱出・シベリヤ連行・中共軍の留用者)などの思い出と記 録を収録して、更に私の願う未来への平和志向の糧として錯誤の太平洋戦争の道程を補足し編集を致しました。

七三一部隊の起因は陸軍軍医学校教官の石井四郎が細菌兵器に関心を抱き、欧米で二年間その研究視察に専 念した結果、其の一部には既に実戦に使用可能のものが有ると感知し此れに共鳴し、帰国するや無資源の日本に最 適な兵器と関係機関に其の研究の開始を要請した。此れに共鳴した陸軍軍務局長の永田鉄山、陸軍医務局長の小泉 親彦軍医等の協力を受けて、一九三二年(昭和七年)陸軍軍医学校に防疫研究室を主幹梶塚隆二軍医で開設した。

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