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大乗仏典研究シリーズ・宇井伯寿等仏教書お譲り頂きました。

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担当スタッフより

大乗仏典研究シリーズ・宇井伯寿等仏教書お譲り頂きました。インド哲学研究は端本でしたが、大乗仏典研究は8巻までの揃いになります。ありがとうございました。

水野 弘元

「大乗仏教研究」八巻の中、第二から第八までの七巻は、各巻が一つの文献だけ、または一人の著作や人物だけを 論じたものであるのに対して、ここに解題する第一巻『大乗仏典の研究』は単一の論題を取り扱ったものではなく、 三部から成っている。この中、第一部「金剛般若経和訳」と第二部「金剛般若経釈論研究」とは、それぞれ単一の問 題を取り扱ったものであり、またこの二部は相互に密接な関係をもったものである。そしてこの二部ですでに四八○ 頁にも及んでいるから、他の七巻に比しても、これだけで大部のものに属し、優に一巻となり得る。それに第三部として「雑録」が続けられている。ここには種々の内容の研究八種が収められており、それらは相互に関連するものではないが、いずれも前の二部と同様に前人未踏の研究を含むすぐれた業績である。そしてこの第三部もそれだけで五五七頁にも上り、独立の一巻として価値あるものであるが、初版でこの体裁によって千余頁のものとして出されてい るから、再版でもそのまま踏襲された。以下第一部から順次にその内容を紹介解説したい。

第一節全開般若経和訳 全期般若経は詳しくは能 冬島袋若波多ともいわれ、路し一三周年ともいう。この全開若経の一部類 に属し、大坂若経六百巻十六会の年は、第九会にあたり、第三七七巻に収められており、三百から成るとされる。 極めて有名な経典で、一袋には季差社家の全期表者浅差経がされ、完走され今日に至っている。金剛 経の漢訳としては人種のるのが存在し、経文は時代的に多少着されて天ている。インド語の原本多四種はど出版さ れており、笑本からチベット語る 西友落語等に訳されたものもあり、近代に梵文からの英訳、和訳等にも種々のもの がある(名波文集「般若心経・全開絞若経」の意三一八五員以下)。本書では「金剛経の梵本、漢訳、其の他」として、 これらの企画経済本について紹介義明して、梵本を「福破具としての金剛石」(能断 )として和訳し、原文や漢訳に おける異同を詳しく註記している。

金剛経は昔から美の昭明太子が分節したとされる三十二分として一般に用いられているが、本書では三十二分を保 存しつつも、金期経を序文と正宗分と流通分に三分し、正宗分をその教説内容によって六十分に分節している。和訳 の後に各部分の要旨を略述し、六十分相互の類似同ズについて、指摘されていて有会である。

金剛経は大索経の中でも最も早く現われた般若経の一種であるが、その成立時は明らかでない。宇井先生によれば、金剛経の漢訳は五世紀初頭の羅什訳が最初であるが、全岡経の偈を引用した経真が二八九年に漢訳されているから西紀二〇〇年には成立していたであろうし、恐らく竜樹以前の一五〇年)までは周りうるであろうとされる。なお本書では金剛経の経名を考察し、本経に説かれているは法身と色身を意味し、三身説はまだ現われていないとし、また本経に説かれている法はいかなる意味のものであるかを考察している。

第二部 金剛般若经积論研究

インドの仏教者によって著わされた金剛経の註釈書が漢訳されたものは、大正蔵経第二十五巻の釈経論部の中に、大正蔵経の通し番号で一五一〇から一五一五に至る六部が現存している。ここではこの六部の著者、訳者、性格等について全体的に考察がなされている。まず六部とは次の如くである。

一五一)金剛般若二卷無著菩薩造隋達磨後多訊 なお一五一)には同じく達摩後多訳とされる三巻本が「金剛般若波羅蜜経論」の名のもとに、別本として掲げられて いる。結論的にいえば、これは唐末五代の頃に後人が前者を改変したもので、理解し易いように、註釈書で省略され ていた金剛経の文句をすべて補入したものである。しかも補入された金剛経は達磨変多訳のものではなく、前代の元 菩提道支訳のものである。このような複雑な関係を明らかにするためにも、この研究がなされたということができる。

一五一一 金剛般若波羅蜜経論 三春 天親(世親)菩薩造元魏菩提流支訳 前の一五一○は無著菩薩造とされ、本論は世親菩薩造とされているが、はたして事実はその通りであろうか。結論的 にいえば、宇井先生はここにも優昧さと誤解があるとして、正しくは、無著造とされる一五一〇は世親の作であり、 登製造とされる一五一一は、本体をなす七十七傷は弥勒造で、これを無著內世親が註釈して現在の姿となったもので あろうとされる。従って伝統的に弥勒菩薩造の金期殺若経註釈とされるのは七十七傷の部分のみを指すとされる。こ

れらの点を明らかにするためにこの一類の研究がなされたのである。

 3一五一二金剛仙論十卷世親菩薩造 金剛仙論師积元魏菩提流支訊

本論は一五一一に対する金剛仙論師の復註であって、直接に金剛経を註釈したものではない。本論の巻末に掲げられている説明によれば、まず弥勒世尊が金剛経に対する長行釈(散文による註釈)を作り、無障碍(無著)に 天親(世親)が受けて八十偈とその註釈を作った。さらに金剛仙論師によってその復註が作られ、これを無尽意、聖済 を経て菩提流支が伝受するまで二百年を経ているとある。はたしてその通りであろうか。宇井先生は八十偈中の第一、 第二と第八十を除いた七十七偈が弥勒のもので、他の三偈および七十七偈の註釈は世親のもので、それが一五一一で あるとされる。

 

4一五一三能斷金剛般若波羅蜜多經論积三卷 世親菩薩积唐義淨訊 本論は一五一一と同文の異訳である。訳文に多少の出入があるようであるが、大体一致している。無著の凶とされる ―実は弥勒作――七十七偈を中心として金剛経を註釈したものである。

5一五一四能断金剛般若波羅蜜多經論頌一卷 無著菩薩造 唐義淨訊

前の論で註釈されている七十七個のみを抽出したものであり、ここではこの偈を無著の造としている。七十七偈の作者については、一五一四に相当するチベット訳でも、これに関連したチベット発見の梵本でも、無著の作とされている。金剛仙論では前述のように世親の作とされ、宇井先生は義浄の説と、偈の教理内容とから、これを弥勒の作とさ れていること前述の通りである。

G一五一五 金剛般若波羅蜜經破取著不壞假名論二卷 功德施菩薩造 唐地婆訶羅等訊

本論は前掲の諸書とは直接関係がなく、別の立場から金剛経を註釈したものであり、著者の功徳施という人もここ以 外ではまったく知られない人である。

漢訳に伝えられている金剛経註釈には右のようなものがあって、作者等に関しては異説があって複雑である。これらを一々検討して、その和訳をなし、教理内容を探究したのが本書第二部所収の諸論文である。

因みにチベット訳には右の六種の中で、一五一○金剛般若論に相当するものとして、東北目録の三八一六に世親作 「能断金剛般若七義疏」(Aryahagavati-Prajiāparamita-vajracchedika-saptarthatika) というのがあり漢訳よりも不 完全なものとされる。また東北目録の三八一七には蓮華戒作とされる「能断金剛般若疏」(Arya-prajiāpāramita-vajracchedika-tika) というのがあるが、この類書は漢訳に存在せず、内容は世親釈の一五一○の影響を受けたものらしい。

さらに大谷大学の北京版目録の五八六四には「能断金剛般若の註釈に関連した頌」(Vajracchedikāyah Prajiāparamitaya vyakhyanopanibandhana-karika) というのがあって、これは漢訳の一五一四の能断金剛般若波羅蜜多経論類に 相当するもので、漢訳と同じく無著造とされている。またこの頌に関連した梵本がトゥッチ教授によってチベットの Nor 寺から発見され、紹介されている(G. Tucci, Minor Buddhist Text Part I, SOR IX 1951, p. 54 f.)。ここでは漢 訳一五一一一一五一四のものやチベット訳と並べて梵文が掲げられている。

以上の金剛般若経諸註釈の漢訳について本書では詳しい解題を加え、訳者、訳時、翻訳事情を考察してある。次に 右の諾論の内容が検討されているが、諸論を比較するためにまず、金剛経の三十二分や宇井式の六十分と七十七の 註との対照、諸論相互の所釈の所在の比較対照が表示されている。然る後に諸論の趣旨の同異が検討されている。例えば仏の三身についていえば、弥勒、無著は法身を理智融合の具体身としているのに対して、世親はそれを受けつつ解説も、さらに法身を理法身へと転向させ、法身から智を除く傾向を示している。ここに弥勒や無著の立場と世親の立場 との相違が見られ、一五一〇は世親の立場、一五一一は弥勒の立場であるとされる。このようにしてさらに詳しく世 親の立場が論ぜられている。

次に一五一五の破取著不壊仮名論を考察し、前の諸論が瑜伽行派の立場から金剛経を解釈しているのに対して、本 論は性相融和の如来蔵説または中観派の立場から金剛経を解釈しているとされている。しかしその所説の中には世親 釈の一五一○に順じている点が多いので、それを参照したものであろう。この論には経や論の引用が多いが、それは 大般若経・宝積経・楞伽経・中論等である。

次いで金剛経諸釈論の国訳が掲げられている。これらの国訳は未だ前人によって試みられたことのない最初のもの である。

金剛般若論の合槎国訳 これは一五一〇に収められている二巻本(麗本)と三巻本(三本)とを合体し、両者の区別を 明らかにしたものである。

「金剛般若波羅蜜経論の合槎国訳 これは一五一一と一五一三とを上下に分けて国訳したもの。そこには弥勒の七十 七頌の釈を中心として全文が掲げられ、金剛経の和訳を対照して論書の組織が示されている。とくに中心となる七十七偈は梵文の和訳と一五一一・一五一三の七十七偈の国訳とを各偈ごとに併記されているので便利であり、梵文の欠文もそれぞれ補訳され、七十七偈の梵漢三者の語句の綿密な索引が後に一括して添付されている。

金剛般若波羅蜜経破取著不壊仮名論国訳 一五一五の国訳で、ここでも分節において、前の諸註釈書と関連させてその組織を明瞭ならしめ、釈中における金剛経の原文や語句は加点によって明示されているから所在の検出に便利である。

第三部 雜錄

八つの論文から成る雑録であり、その一々を簡単に紹介したい。

一、弥勒菩薩と弥勒論師瑜伽行派の祖は無著とされるが、無著は弥勒菩薩からその教えを受けたとされる。無著の師としての弥勒は伝統説によれば、兜率天にいる未来仏としての弥勒菩薩であるとされる。今日の学界ではこの弥勒を伝統説通りに天上の菩薩とする信仰の立場からの説もあるが、宇井先生は学問的立場から、無著に教えた弥勒は未来仏としての弥勒菩薩ではなく、歴史的な実在の人物としての弥勒論師であるとされる。そしてこの両説が今日もなお日本や西洋の学界で行われている。昔から弥勒の論とされるものが、中国伝とチベット伝では多少違っているが、 幾つかある。中国の伝では弥勒菩薩の五部の大論として、瑜伽師地論、分別伽論、大乗荘厳経論頌、中辺分別論頌、 金剛般若波羅蜜経論娘が、チベット伝では弥勒菩薩の五法として、大乗荘厳経論頭、中辺分別論項、法法性分別論頌、 現観荘厳論演、究竟一乗宝性論演の五部が掲げられている。それらを受けて無著が学説をさらに発達させ、次に世親 がこれを詳しく説明したとされている。 とにかく弥勒の説とされるものと無著自身の説との間には発達展開が見られるから、両者は別個の存在でなければならない。伝説のように信仰上の弥勒菩薩ではなく、実在の弥勒論師が無著以前に存在したと見るべきであるとするのが、宇井先生の主張である。

二、荘厳経論並びに中辺論の著者問題 大乗荘厳経論の全面的研究は「大乗仏教研究」第三巻に『大乗荘厳経論研 究」として詳細に論ぜられている。ここでは主として荘厳経論の特色を眺め、その著者について論究されている。宇

井先生は波羅頗迦羅蜜多羅訳の漢訳本と原典の梵本とを比較して、漢訳文は内容的には良訳であるが、訳者は後代の 護法唯識の瑜伽行派を学んでいたために、漢訳文の中には原文に存在しない護法の学説 加わっている。例えば八識と四智の関係について、梵文の頌ではただ四智の名を挙げているのみであるのに、漢訳では四智の一々が八識から転じて得られるかを詳細に述べている。弥勒の作とされる頭の中にこのような説があるはずはない。無著の乗論にさえまだこの説は出ていない。漢訳では無性の摂大乗論釈で初めて現われるのであるから、八識と四智の説は 護法唯識を学んでいる訳者の加筆に相違ない。またこの漢訳には梵本にない阿摩羅識が出ているが、これ訳出当時 の唐初の摂論宗の影響による加筆であろうとされている。その他種々の点から見て、漢訳には後世の学説が插入されているが、元来の荘厳経論の学説は弥勒による瑜伽行説の古い段階のものであることが知られる。次に中辺分別論の説も空、唯識説、三性説等において、荘厳経論の説と同一である。このように荘厳経論と中辺論は、中国でもチベットでも共にその頃は弥勒説と伝えられている通り、同一趣旨を説き、従って同一著者の作といえる。そして弥勒作の 荘厳経論や中辺論の頌は無著の摂大乗論の中に書名を挙げて引用されているから、無著の前に弥勒という作者がある ことが知られる。

なお付論として弥勒作と伝えられる現観荘厳論と法法性分別論についても、この二論には荘厳経論や中辺論と共通した説が多いことを論じ、結論として弥勒作と認められるものには、金剛経論の七十七頌、大乗荘厳経論頌、中辺分別論頌、現観荘厳論頌、法法性分別論スートラ体の部、瑜伽論等があるとされる。

 

三、六門教授習定論―国訳並びに註記— 無著菩薩本、世親菩薩釈として義浄三蔵によって訳されている六門教授習定論は梵本もチベット訳も存在せず、国訳されたのも最初である。初歩的な簡単な習定を説いた小論であって、その内容は日三乗の解脱を求める者は、2勝行の資糧を積集し、3所住処に心を善住せしめて修習し、4師資、所縁、作意の三つを円満ならしめ、同有尋有伺乃至無尋無伺等の禅定を修して、6世間の諸福、出世間の殊勝の円満の果を 得るとされる。

四、成唯識宝生論研究 世親の唯識二十論に対する護法の註釈であって二十唯識順釈論ともいう。世親の唯識三十類に対する護法の註釈である成唯識論に対応するもの。成唯識宝生論は義浄の訳であって、その国訳は加藤精神博士によっても国訳一切経瑜伽部七に掲げられている。なお所釈の唯識二十論については、「大乗仏教研究」第四『四訳対照唯識二十論研究』も参照せらるべきである。唯識二十論に対する護法の註釈は全壊に対してではなく、二十二項の中で、第一一から第一五に至る五頭と最後の第二二頌に対しては、まったく註釈がなされていない。また註釈されていても頭をまったく掲げない場合、一部分しか出さない場合もあって、完全またはそれに近い頌を出しているのは三、五、七、八、九、一八、二一の七頌にすぎない。しかしこの国訳では註釈ある場合にはその本頌を掲出して関連理解に便ならしめ、見出しを付け、註記を加えて、難解な場合にも理解し易からしめているから、極めて厳密で親切な国 訳であるということができる。

五、菩薩、仏の音訳について 漢訳仏典の中には音訳語が極めて多く、同じ音訳にも後漢・三国時代の古訳、両晋・ 南北朝時代の旧訳、唐代以後の新訳というように種々の訳語がある。玄奘一派の新訳家は以前の古訳や旧訳の訳語を 証言とか落語とかいって軽蔑しているが、はたしてその通りであろうかと疑問を懐いて論究したのが本論文である。 宇井先生によれば古訳語や旧訳語も決して訛音ではなく、それらの原語は梵語そのものではなく、俗語または中央ア ジア諸語であって、これらのインドの俗語や中央アジア語がそのまま音訳されて古訳や旧訳の語となったのであると

される。例えば菩薩は菩提薩埵という梵語を省略したのではなく、俗語的の原音で菩薩と呼ばれていたのである。

 

も仏陀の略ではなく仏とのみ発音された場合があった。このような例はすでに僧祐が出三蔵記集にも記載しており、宇井博士も後漢支婁迦識訳の道行般若経に見出される数十種の音訳例を指示されている。どうして訛音が起るかといえば、日一語の終りの母音が落ちて発音されることが多く、2その際は語の最後に来る子音にも変化があり、3これらがシナの音訳に表われる、ゆ従って音訳は決して訳者が勝手に略しているのではない。同以上の点から見て、菩薩 や仏の語は完全な音訳で省略語ではなく、6それらの音訳にも考古学的資料等によって確実な典拠が見出されると結 論されている。

 

六、鳩摩羅什法師大義 この書は大乗義章または大乗大義章とも呼ばれ、三巻から成っている。それは大翻訳家、大学者で新しい仏典の翻訳をなしていた鳩摩羅什に対して、当時中国第一の学徳ともにすぐれた僧侶としての廬山の慧遠が、数年にわたって仏教の教義について質問し、羅什がこれに対して懇切丁寧な返事を送ったその問答応酬録である。その問答の項目は、1法身、2法身、3真法身像類、4真法身寿量、6修三十二相、6受決法、7法身感 応、8法身仏尽本習、9造色法、伽羅漢受決、山念仏三昧、四生住異滅の四相、如法性真際、四実法有、両分破空(析空)、叫後識追憶前識、叫遍学(諸法空、無生法忍、不生不滅、三乗学、声聞縁覚の八輩、道智、滅智、法忍、退不退、通学の始終、証と取証)、住寿義(住寿一劫有余、法身二種)である。当時の中国では仏教教理についてはまだ十分の知識がなく、今日から見れば慧遠の質問には幼稚なものもあるが、羅什は懇切丁寧に深奥の教理を披瀝解説している。そこには彼の深い知識が伺われる。本書ではその国訳と註記がなされ、難解な文章も明らかにされている。これは初めての国訳である。さらに付録として後秦王の姚興が問い羅什がこれに答えた通三世論と、羅什が法和に贈った十偈の一つが国訳解説されている。最後に慧遠と羅什の問答文通は四〇二―四〇九年頃に交わされたものとされている。

七、仏国記に存する音訳語の字音 法顕三蔵は六十一歳から七十四歳(三九九一四一二)までの十四年間インドへ旅 行をなし、四一四年にその旅行記である仏国記(法顕伝)を著わし、四一六年にこれを増補したが、その中には多くの 音訳語が見られる。彼の音訳語の例としては、1従来シナで使用されていた普通名詞や固有名詞九二例、2法顕自身 が実地に聞いて音訳した地名国名等四○例等がそれである。これらを合して、烏貴国から薩婆多衆律に至る一二四の 項目が考察解説され、最後に、音訳語に用いられた漢字の発音が二六六項として詳細に表記されている。この論文は、 前の「五、菩薩、仏の音訳について」の論文とも参照せらるべきである。

八、Advayavajra Tattvaratnavali(不二金剛の真理の宝環) Haraprasad Shastri が一九二九年 に Gaekwad’s Oriental Series 40 の中に掲載している梵文小篇を研究和訳したものである。インド人や西洋人の研究や翻訳もなく、 漢訳もないが、チベット訳には東北目録二二四○に出ている。ここではチベット訳を参照して梵文の誤脱を訂正し、 解説が加えられている。本書はインド仏教最後の十一世紀頃の不二金剛(Advayavajra)の作品集二十一篇中の一篇で あって、当時のインド仏教の学説の一斑を知る資料である。そこには仏教が声聞・独覚・大乗の三乗とされ、また毘 婆沙派・経量派・瑜伽行派・中観派の四派ともされており、声聞と独覚の二乗は毘婆沙派で説かれ、他の三派は大乗 仏教に属するが、大乗は波羅蜜理趣(顕教)と真言理趣(密教)であるとされ、前者は経量派・瑜伽行派・中観派で説か れ、後者は瑜伽行派と中観派で説かれている。そして瑜伽行派には有相派と無相派の二種があり、中観派には幻喩不 二派と一切諸法無住派の二種がある。また声聞を鈍根・中根・上根の三種の教えとし、大乗をも鈍根・中根・上根の三種として、一切の仏教の学説や観法等を分類して上述の仏教諸派に当てている。そこには漢訳仏教に知られない説 もあって興味深い。本書では梵文を掲げて誤脱を補正し、註記・和訳・後記の後に梵語の語彙が和訳して示され、前 人未説の研究である。

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