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埼玉県さいたま市中央区より古染付百品集・上下・北大路魯山人買取させていただきました。

古染付百品集・2冊・北大路魯山人

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埼玉県さいたま市中央区より古染付百品集・上下・北大路魯山人宅配買取させていただきました。

古染付百品集・2冊・北大路魯山人
実用に適したその当時では誰にでもたやすく手に入れられた佳品、それを魯山人は集めて出版した。

明の古染付觀
北大路魯山人
染付は今から五百年ばかり前の支那明代に完成したものである、それ迄にはこんなスキッ ごした美しい魔物は実に見たくも見られなかったと云ふべきだ、これには恐らく間違はないといつてよい。

然らばそれまでにごんな魔物が生れてみたかと云ふに、先づ漢窯から唐三彩、それから栄になつては青磁だとか赤絵だとか、又は中には距鹿ごいふ頗るつきの名陶器もあつたのであるが、此等は何れも概してその作意が重く、釉類釉法る亦決して無審判ではなかったが、然し新生の染付のやうに腹の底をわって見せたこいふ処へはまだなかく行く事が出來なかった。

染付が初めて完成したその顔を見せた時、当時の支那の人はこれをごんなに驚き且つ喜んで迎へたであらう、それ迄ごて何れはごこかの一部でこれが完成の為の研究がしっかりと積まれて行っていたであらうが、その出来上っての効果が、まさかこんなに立派であらうとは夢想だにしなかつたに違ひない。

今迄に夢想だにしなかつた染付のあかるくてきつばりとした美しさ、然かもそれは高火度の磁質のもので、その光沢、その釉色、ごてる今迄の焼物には求められなかつた處のものー ーといふ以外に、好むがまゝの形、すきなやうな模樣が、殆んどいくらでも無限的に、至っ て気やすく作られる染付 ―実際人によっては感激、九奮、殆どその度を知らなかったであらう


秦秀雄
あの頃の周辺
客は会員制度に依って限定されているのが、北大路魯山人の主宰経営にあたって作り出された日本一高級料亭星岡茶寮のしきたりであった。開店されたのは大正十四年の春であった。赤坂山王台日枝神社の社域の樹木の幡蒼とした境内に建っておった数寄屋普請である。すぐ下には赤坂の華街があった。山人は酌人を招かしめない。そして女中に紫の制服に金茶の帯、白襟、指輪や腕時計を禁じ客に酌する接待をもせしめなかった。清談会食を主とし遊蕩の気分を発散する歌舞音曲も禁示した。世間一般の料理屋と風潮を異にした経営方針はかえって政界財界の人々に便宜でもあり重宝がられた。全然しろうと のしかも飛び離れて高額の料理代も意とする所ではなく星岡は連日大繁昌する状況をもた
らした。

生まれ落ちると里子に出され親の愛情を知らない人であった。親類縁者に見知りの人はない。学歴は小学四年を卒えたのみですぐ小僧生活、御飯のたき方 はその頃おぼえた。書と篆刻の技に長じて僅の収入で貧乏な漂浪流転の生涯の 揚句、貧乏のさ中で感じたうまい物喰いの道楽にのめりこんだ。器用なこの人は自分で料理を作り出した。藝が身を助けて星岡経営をもくろんだのは大正十 三年徒が四十歳の時であった。

ここでひとまず裕福な暮しが始まろうとしだし茶寮用の食器を自作しようと計った山人はもとより食器用の参考品として古報を字が鑑賞する必要に迫られた。大正の末年にると中国の末、古がわ があった場入賞人の注意を集め出した。そこへ李朝の焼物の鑑賞が初まり古窯溪龍山の発現によっておびただしい刷毛目や線彫文の古陶がどしどし舶載され出した。これまで茶器専門の骨董街に意想外な茶器外の外来の古陶が売買され従来の茶器にも優り中国陶、李朝陶の人気が上昇しつつあった。そんな時勢に古陶の鑑賞研鑽に打ち込んでおった山人が迂闊でおるわけはない。

中国陶李朝陶にも注目した。だが日本料理にふさわしい器作りに専念しておった山人は中国李朝のものから徐々に遠ざかりもっぱら日本のもの、瀬戸系の各種、唐津、備前、信楽、九谷などに主力を注いだ。そんな中で中国製古染付だけは殆ど例外ともいっていい興味をそそいだ。

中国の陶器はいつの時代でも精妙である。厳粛に過ぎて凡常の用器とするにはふさわしくない。李朝には日本の食器とするに足る用品はきわめて乏しい。
そんな中にあって中国陶ではあっても古染付にはどこかくだけて使用に堪えるようなおもむきがあった。あの膨大な古陶発堀品を蔵する中国に古染付は皆目見あたらね。そして皆無である。だのに徳川時代に舶載された古染付はわが国茶人の好む所となって古い箱に秘蔵されておびただしい量で伝世されたのである。鹿、猪口、徳利、花生、香合のたぐいから変形向付の各種各様のものは日本?地にのみこれを伝世して来た。山人はこれに注目して熱心に蒐集した。

世上一般の嗜好と流行に背を向けて中国風の精功の技術にひとりとり残されたぞんざいな作りの古染付に注目した。中国陶の中の日本的な香気で気楽な作の方に興味を抱いてのことであったのだろう。これらの中には山人の料理を盛るにふさわしい白地に染付の明朗な文様と形態のものがあった。わが国の染付、伊万里は発達して精妙をつくしてとても会席の器としての品格に欠けておる。範とするには足りない。そこへゆくと古染付には簡素な文様、力強い筆使い、
そして自由で闊達な思い思いの形態は深いもの浅いもの、大きなもの小さいもの、時に変形無形や牛や鳥、茄子や瓜形など奔放のいでたちにも生気があった。

彼は鑑賞家として人並外れた鋭どさを具えていたがそこには一つの犯し難い制約があった。中国李朝日本のものでも古陶をみる場合、いつでも日本の料理に器として使えるものかどうか、ひきたつかひきたたないか、で好むところのものを選んでいった。

この古染付百品目録は世に名品といわれる徳川時代の珍重品を全然無視して編集されておる。実用に適したその当時では誰にでもたやすく手に入れられた佳品、それを山人は集めて出版した。安くとも見のがし難い興味に牽かれてこれを世に問うた。当時の流行嗜好になじまず己れが欲するままに手もとに集めた品々であった。迂闊に見のがしいくらもあるものと高をくくって眺められて た鑑賞界で彼は卒先古染付の面目を一新して賞玩した結果であった。

そうしてこれを契機としてますます日本の陶器と初期の茶人が賞玩した品々に傾倒して行くことになった。彼の工夫はいつでも食器、花器など実用を旨とした。陶藝を一途に用器として作り玩弄視してかざり物を作ろうとしなかった。 その信念の揚句に集めた参考品、古染付百品は彼の陶藝の道への門出に位する 記、出たとみられる。そうしてまたわが陶器鑑賞の世界に新風をもたらした新 しい識見の記録とう眺められる鑑賞史上の貴重な文献とみてしかるべきであろう

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