因伯の刀工と鐔

因伯の刀工と鐔

買取上限価格 5,000円

定価
著者岩谷紀昭 編
出版社日本刀剣保存会鳥取支部
出版年月昭和56年
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この商品について

因伯刀工の概説

因幡、伯耆における古刀、新刀、新々刀を通じて、日本刀鍛冶の歴史を概観すると、古刀に於いては平安初期から鎌倉時代にかけて、伯耆の大原の地に、安網を代表工として大原鍛冶一門の刀工群が大いに栄えたが、その居住地は今日現在でも確実なる場所は明確ではない(但し ・ (しかし本書では「太平記」より取り会見郡大原現在の岸本町大原とした)又、その作刀例にしても在銘確実なるものは、安綱、真守、安家、有綱等の数工に過ぎず、現存刀の数も多くはなく、そのいずれもが世の名刀と称せられるものにありがちな伝説を伴っている。

それにしても、これら日本最古の刀工群がものにした数多くの作刀は、どうなってしまったのであろうか。あまつさえ、さしもの隆盛をきわめ、日本刀剣史上に重要な地位を占めた伯耆古鍛冶も、その後凋落していったのである。

鎌倉時代末期(嘉元頃)となると、山城の国、栗田口の刀工、二代目吉正が因幡に移住し、因幡国府の地、宇倍野の山里に作刀を始めて、景長と改名して室町時代まで、少なくとも同名三代は続いているが、余り繁栄せずに終っている。因幡小鍛冶景長三代目迄の居住地は、幸いにも判明している。戦国時代の末(天文の頃)東伯耆地方に広賀の一派が興った。広賀銘のうち、見田姓広賀と道祖尾姓広賀とがあるが、い

ずれも相当に栄えて、徳川初期のころまで二十人近い刀工を数えた。太刀、脇差、短刀共に相当数の作刀が現存しており、特に短刀が多く、 短刀に名作が多いようである。又倉吉の地に弓削姓の正綱があるが、特に有名なのは天正の頃の弓削新三郎正綱の作に、山中鹿之助幸盛の所 持の太刀がある。

江戸時代に入って新刀期を迎えると、因幡鳥取に日置兼先が現われる。寛永九年、因・備の国替えの時に日置想重郎兼先が、池田光仲公に従って岡山から鳥取に移住して来た。以来八代連綿とした名門である。日置家系は始祖から数えて十二代に及んだが、始祖から三・四代は、美濃または備前に居住したので因幡刀工とはしない。その作刀に家系の古さを誇り、日置家最後の兼次は、その作刀に日置兼先十二代と刻銘 し、門弟も多数育成した。日置想重郎兼先におくれること十数年後の慶安二年に、京都から出羽大掾国路門の信濃大掾藤原忠国が、鳥取の地に移住して来た。この年、鳥取に東照宮が造営され、翌慶安三年(一六五〇年) 日光東照宮から、分霊遷宮祭が行なわれ、その神剣鍛造のために招かれて以来、幕末までその家系が続いたが、その作刀の多くは三代目までのものを多くみる。

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